米国に本社を置くコンサルティング企業DRGのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。 新型コロナウイルス感染症の影響を受ける今年のM&Aや企業間提携のトレンドをまとめました。
(この記事は、DRG発行のレポート「Biotech White Paper 2020」の一部を日本語に翻訳したものです。レポートのダウンロードはこちら)
M&Aは夏以降回復
製薬企業の成長戦略に重要な役割を果たしてきたM&Aは、新型コロナウイルスの影響を受けている。パンデミックによる世界経済への打撃がいつまで続くかは定かでなく、企業は手持ちの資源を慎重に管理せざるを得ない状況だ。
5月、米アッヴィが630億ドルでアイルランド・アラガンの買収手続きを完了し、製薬業界で今年最大のディールが成立したが、実際は新型コロナウイルスのパンデミックが起こる何カ月も前から準備が進められてきたものだ。今年の主なM&Aは年明けの早い時期に成立しており、夏になってようやく、わずかながら回復してきた。
とはいえ、M&Aという戦略がなくなったわけではない。製薬企業はこれまで通り、▽がん免疫療法や細胞治療といったイノベーションの創出▽開発後期のアセットの不足を補う新たなパイプラインの獲得▽世界各地での事業展開▽戦略的な重要性が下がったアセットの放出によるポートフォリオの再編――などが求められている。
逆さ合併とボルトオン型
株式上場を目指す非上場のバイオテック企業がよく行うのが「逆さ合併」だ。これは、非上場企業が上場企業(多くは経営難に陥っている)を買収する、あるいは特別買収目的会社(SPAC=新規株式公開〈IPO〉によって資金調達を行うシェルカンパニー)が買収する形で行われる。
二重特異性抗体によるがん免疫療法を開発している英エフスター・セラピューティクスは、米ナスダック上場のスプリング・バンク・ファーマシューティカルズを逆さ合併した。スプリング・バンクは昨年12月、主要な開発プログラムを中断し、苦境に陥っていた。今年7月に締結した株式交換契約により、エフスターの株主が合併後の株式の62%を保有することになった。
米ブリストル・マイヤーズスクイブの米セルジーン買収(740億ドル)や、武田薬品工業のアイルランド・シャイアー買収(620億ドル)、アッヴィのアラガン買収など、製薬業界では大型合併が大きく取り上げられるが、これは例外的なケースだ。ほとんどのM&Aはいわゆるボルトオン型のディールで、自社の戦略に沿った技術やパイプラインの獲得を目的としている。
大型合併を繰り返してきた米ファイザーのアルバート・ブーラCEO(最高経営責任者)は「アップジョンとマイランを統合して新会社を設立することで、開発の初期から中期のアセットの追加が進む」と株主に語った。アセットの追加には高いリスクが予想されるが、価値創造を高め、オペレーションの停滞を減らす可能性がある。
今年成立したバイオテック企業のM&Aのほとんどはボルトオン型で、がん免疫療法や遺伝子治療、細胞治療といった分野の強化を狙ったものが中心だ。今後も、これらの領域がM&Aのターゲットとなる可能性が高い。一方、新型コロナウイルスの感染拡大により、感染症治療薬のポートフォリオの脆弱さが露呈した。各社がこうした手薄な部分の補完に動けば、ボルトオン型のディールが増加する可能性がある。
社債発行はすでに昨年を上回る
大手製薬企業にM&Aを行うだけの資金力があることは疑う余地がない。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスの分析によると、各国の中央銀行が新型コロナウイルスへの対応として異例の金融政策を導入する中、製薬企業やバイオテック企業は、今年半ばの時点ですでに昨年1年間を上回る債務を発行している。
その先頭に立つのが、ファイザー子会社のアップジョンだ。同社は、アップジョン・ファイナンスBV、ファイザー、マイランとともに、米ドル建てで74億5000万ドル、ユーロ建てで36億ユーロを調達した。調達した資金は、アップジョンとマイランを合併して新会社ヴィアトリスを設立するのに必要な120億ドルの支払いに充てられる。
ほかにも、米アムジェン(優先権を通じて2月に50億ドル、5月に40億ドルを調達)、ファイザー(5月に40億ドル、2月に12億5000万ドルを調達)、米メルク(6月に45億ドルを調達)などが債権発行による資金調達を行った。調達した資金は、借入金の完済などに使うとしているが、高い現金比率と強固なバランスシートにより、将来のM&Aに道が開かれる。
バイオテック 独立維持の動機強く
ただ、バイオテック企業を売却しようという動きはそれほど見られない。かつて、バイオテックのマネジメントチームや投資家の間では、価値の実現や高ROI(投資利益率)の達成にはM&Aが最も魅力的な方法だと考えられていた。
バイオテック業界に対する資本市場の投資意欲は高い状態が続いており、希少疾患に対する治療薬では審査プロセスの効率化が進んでおり、ペイヤーもこうした疾患の治療への支払いをいとわない姿勢を見せている。こうした状況を受け、バイオテック企業が独立を維持したまま事業を展開しようとする動機は、以前より大きくなっている。バイオテックにとっては、製薬企業と真の協力関係を確立することが、目的達成を目指す上で魅力的な方法となっている。
提携は堅調
外部との提携により、製薬企業は、有望な新薬候補やバイオテック企業の技術にアクセスできる。提携には引き続き強い関心が寄せられており、今後も減少することはないと考えられる。
製薬企業にとって提携は、有望なアセットにアクセスできる効率的な方法だ。特許切れに伴う新たな収益源の確保という難題の解決にも寄与する。一方、バイオテック企業は、提携によって製薬企業の経験やノウハウを活用できる。同時に、事業の土台となる独自のプログラムをサポートする投資も確保できる。
一見したところ、提携は今年も数字上は堅調だ。8月までに1100件超、少なくとも1010億ドルの提携が成立しており、昨年と同等の規模となっている。ただ、移動の制限によって対面での交流が減り、新たな提携交渉を始めるのが難しくなっている可能性はある。実際、7~8月に成立した提携は212件で、昨年の同じ時期より減少している。
がん免疫療法や細胞治療は、今後も提携活動において最も魅力的な対象であり続けるだろう。それ以外に注目される領域は、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患をはじめとするアンメット・メディカル・ニーズの高い領域だ。
感染症でディール急増
新型コロナウイルスの影響で、感染症治療薬の開発プログラムに関するディールが急増している。米トランスレート・バイオとサノフィは、感染症を対象としたmRNAワクチンの開発に関する提携を拡大。英グラクソ・スミスクラインと独キュアバックは、mRNAワクチンと抗体医薬の開発・販売で協力を始めた。感染症に対する関心は高まっており、当面は提携が増加すると予想される。
新型コロナウイルス関連の提携は、多くが非常にスピディーに成立した。これがコロナ後も続き、ほかの疾患に広がるとしたら、興味深い。
新型コロナウイルスは、肥満、高血圧症、2型糖尿病など、重症化リスクが高い生活習慣病がもたらす課題も浮き彫りにした。ヘルスケアプロバイダーには、生活習慣病患者に対する支援や、そもそもこうした疾患の患者を減らす方法を模索することが求められるだろう。遠隔診療が急速に浸透し、対面診療の必要性が低下したことで、バーチャル医療への関心も高まっている。そうした事業を展開するベンチャーへの融資が増えていることは、今後この領域でディールが急増する前兆なのかもしれない。
(この記事は、DRG発行のレポートの一部を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです)
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AnswersNews編集部が製薬企業をレポート