新型コロナウイルスの感染拡大で、一時、新規患者の登録がストップするなどの影響を受けた医薬品の臨床試験。コロナ禍で注目が高まるバーチャル化への展望と今後のCRO像について、PRAヘルスサイエンスの小川淳社長に聞きました(写真は同社提供)。
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バーチャル化 高まる機運
――新型コロナウイルス感染症により、臨床試験も大きなインパクトを受けました。
4月に緊急事態宣言が出されたあと、一時はほとんどの臨床試験がストップしました。その後、国内外で感染者数が減少し、病態もある程度わかってきたことで、今はモニタリング活動もかなり戻ってきています。
新薬開発は知財ビジネスなので、特許期間の制約もあり、新薬候補を開発段階に長く置いておくことはできません。多くのクライアントは今、新型コロナによって一時停滞した分の遅れを取り戻そうとしています。そうした部分も含め、現在は新型コロナが発生する前より忙しくなっている状況です。
――新型コロナにはどのように対応していますか。
臨床試験が止まったとき、最も大きな問題となったのは新規の患者登録です。すでに臨床試験に参加している患者さんについては、どうすれば参加を継続してもらえるかが課題となりました。治験薬へのアクセスや安全性の確認は臨床試験にとって死活問題ですし、治験薬を渡せないからといって簡単に試験をやめることはできない。当時は「何があっても試験は止めない」という建て付けが必要だということが議論されていました。
対応としては、例えば治験薬を患者さんに直接届けたり、既存の自社のバーチャル治験システムを新型コロナに対応させた簡易パッケージを導入したりしました。一時は日本でも多くのクライアントがバーチャル治験ツールの導入を準備していましたが、感染拡大が一旦落ち着いたことで、そうした動きも今は収まっています。今後、万が一、試験の継続が危ぶまれるような事態になった場合、そうしたツールを使って可能な限り試験を続けていくことは、社会的にも必要なことだと思っています。
今の臨床試験のモデルは続かない
――新型コロナを機に、臨床試験のバーチャル化は進むとお考えですか。
弊社は、新型コロナが問題になる前から「今の臨床試験のやり方は前時代的ではないか」と考え、バーチャル臨床試験の支援に力を入れてきました。何が古いかというと、スマートフォンが急速に普及し、今やほとんどのコンシューマー向けサービスにスマホが介在するようになっているのに、臨床試験ではスマホの活用ということが欠落している。将来を考えると、今の臨床試験のモデルは続くものではないということで、5年ほど前から「モバイルヘルスプラットフォーム」に力を入れています。
新型コロナ以前は「どんなコストメリットがあるんですか」「どれだけ試験が速くなるんですか」というクライアントが多かったのですが、新型コロナが発生してからは「こうしたものがなければ臨床試験はできませんよね」という認識に変化してきていると感じています。
――業界全体で機運が高まっていると。
そうですね。新規の案件について話していても、ほとんどのクライアントから「デジタル化でどんなことができますか」「パンデミックの影響回避策にはどんなものがありますか」といった質問を受けます。バーチャル臨床試験のサービスを提供するCROも増えましたし、どの会社もここが重要だと考えているんだと思います。
――バーチャル化を進める上で課題となっていることはありますか。
「現状維持」が一番の阻害要因だと思います。「これでできているんだから、このままでいいよね」という。新型コロナが急激に拡大したときは、どの会社もバーチャル化をやらなければと思ったものの、一旦落ち着くと「当面はいいか」というマインドセットになってしまう。そういう意味で、日本は新しいテクノロジーがなかなか入ってきにくいとう面はあると思います。ただ、海外では進んでいますので、いずれは日本もそれについていかなければという状況になるのではないでしょうか。
CRAの新しい役割
――モニタリング業務のリモート化についてはいかがでしょうか。
弊社のモバイルヘルスプラットフォームは、患者さん向けのインターフェースとは別に、サイトコーディネーターがアクセスできるシステムや、モニタリング活動のシステムもあります。従来は、どんなに小さなことでもすべて訪問して対応していましたが、新型コロナによって医療機関側の許容範囲も広がってきています。今後はツールを使ってできる部分も増えていくと思っています。
新型コロナの影響を大きく受けた時期も、可能なものはリモートで対応していましたし、モニタリングやデータ確認も出来る限り訪問せずに行うということもしていました。ただ、日本では電子カルテを遠隔から直接閲覧するのは難しく、そこは課題だと考えています。
――臨床試験のデジタル化によって、CROのビジネスやそこで働く人の働き方はどう変化していくのでしょうか。
これまで人海戦術的にやっていた部分は、デジタルを活用することで効率化されていくでしょうし、ソリューションによってサイトを訪問せずにできることも増えていくでしょう。CRAについても、今と同じ仕事を5年後10年後もやっているということでなく、進化・変化し、新しい役割を担えるように自己研鑽する必要があると思っています。
――新しい役割とは。
内勤で業務を推進する方がだんだんコアになり、必要な時にタスクを持って訪問し、最低限のデータを持ち帰るという役割にシフトしていくんだろうと思っています。弊社の場合、内勤と外勤の担当を分けていて、例えばある試験でCRAが10人必要だとすると、5人くらいは「インハウスCRA」として内勤業務をするような体制でやっています。実際、内勤でできる部分は広がっていますし、今後もさらに広がっていくと見ています。
ある意味では、おもしろい時代になったのではないかと思っています。時代が変わり、いろいろな経験ができるのは、私としても楽しい。CROで働く人も、変化を恐れるのではなく、楽しんでほしいなと思いますね。
CROの役割も広がる
――今後のCROのあり方についてはどう考えていますか。
ここ10~15年ほどで、製薬業界の構造は大きく変わりました。創薬から販売まですべてグローバルに自社でやるという会社はほとんどなくなり、薬のタネはバイオテックやアカデミアから生まれるものが多くなっています。バイオテックは従来、一定の段階まで開発が進め、その後は大手にライセンスアウトするのが一般的でした。ところが、開発のターゲットが分子標的治療や希少疾患にシフトしたことで、臨床試験に必要な被験者数が少なくなり、バイオテック自身が市場に出るところまで開発し切ってしまうというモデルが増えています。そういうところで、CROに求められる役割は広がっていくんだろうと思っています。
実際、米国ではすでにそういう流れになっていて、PRAはバイオテックの市場拡大に合わせて成長してきました。PRAはバイオテックに力を入れているCROで、日本にもそういう考え方で参入している。実際、日本のプロジェクトも半分以上は日本に拠点のないクライアントの案件です。
選ばれる努力必要
――日本のCRO市場の将来をどのように展望していますか。
海外バイオテックからの受託は今後も広がっていくので、そうした点では有望だと思っています。ただ、将来にわたって有望であり続けるためには、グローバルの中で日本という国が臨床開発の場としてコンペティティブでなければならないし、その先のマーケットも魅力的でなければならない。競争力や魅力を高めていく努力し続けなければ、日本は後回しにされるリスクは常にあると思っています。
海外と比べると、日本は臨床試験のコストが非常に高い。医療環境も整っているし、国民の教育水準も高いので、本来なら試験に入ってもらうのに非常にいいポピュレーションなんです。ここでしっかりと変化できれば選ばれる国になると思うんですが、残念ながらそこまでできていないのが現状です。
単独展開 好調に推移
――昨年6月に武田薬品工業との合弁を解消し、日本で単独展開を始めて1年あまりがたちました。足元のビジネスはいかがですか。
合弁解消以降、武田以外の企業から問い合わせをいただく機会が増えました。今年の前半は新型コロナの影響もあってペンディングになっている案件も多かったのですが、その後は受注も増え、今は本当にたくさんの仕事をいただいています。思っていた以上に好調に推移しています。
――好調の要因は何でしょうか。
武田との合弁を通じて展開してきたというところで、ほかのCROにないユニークな特性やサービスを期待していただいているんだろうと思います。もちろん、コアとなるCRAやプロジェクトマネジャーの人員増増強は進めていますが、それ以外の▽メディカルライティング▽クリニカルファーマコロジー▽レギュラトリー▽ファーマコビジランス――といった機能を、日本の最大手の製薬企業である武田から部門ごといただけたのが大きい。
こうしたエクスパティースを持っていることは、先ほどお話しした海外バイオテックの案件を受注する上でも強みになっていると思っています。
ほかのグローバルCROと比べると、PRAは日本への進出が遅かった。なので、できるだけユニークな存在になりたいと思っています。今は、その方向に向かって順調に進んでいるのかなと思っています。
小川淳(おがわ・あつし)PRAヘルスサイエンス社長。武田薬品工業で20年以上にわたって臨床開発業務に従事。日米欧の開発拠点で主要ポストを歴任し、2017年に武田と米PRAヘルスサイエンシズの合弁会社「武田PRA開発センター」とPRAの日本法人PRAヘルスサイエンスの社長に就任(武田PRA開発センターは19年6月にPRAヘルスサイエンスと統合)。京都大薬学部卒、同大大学院医学研究科博士課程修了。医学博士(薬剤疫学)。 |
(聞き手・前田雄樹)