[ロイター]米国で新型コロナウイルスの感染が広がり始めた3月中旬、ファイザーのアルバート・ブーラCEO(最高経営責任者)は、同社のワクチン研究者に電話をかけ、明確なミッションを与えた。
「彼は『このワクチンを作ることが君たちの使命だ。要求してくれれば、必要なリソースは手当てする』と言った」。同社でワクチン研究のトップを務めるフィリップ・ドリミッツァー氏は、ロイターの取材にこう振り返る。
そのミッションは、刺激的であると同時に困難なものだった。過去に例のない取り組み―パンデミックを止めるワクチンを1年以内につくること―のため、ファイザーは研究者を強力にバックアップした。
「ブーラは、私たちが直面するかもしれない潜在的な障壁にばかりに関心を向けることは望んでおらず、そのかわり、『不可能に挑戦することの方がはるかに良い。たとえ成功しなかったとしても、素晴らしいことを成し遂げたことに変わりはないのだから』と言ってくれた」(ドリミッツァー氏)
かつては「異端のアイデア」
ロイターは、ファイザーと独ビオンテックが進めている新型コロナウイルスワクチンの開発プログラムで、重要な役割を果たした6人の科学者にインタビュー取材を行った。彼らは、新型コロナウイルスによるロックダウン下で取り組みを本格化させ、開発には当時進行中だったインフルエンザやがんの研究で得られた要素を取り入れた。両社は11月9日、世界各国で行った大規模臨床試験で初となる有望な中間解析結果を発表した。
11月16日には、米国政府から10億ドル近くの研究開発支援を受けている米モデルナも良好な中間解析結果を発表した。いずれのワクチン候補も予防効果が90%を上回った。これは予想を超える高い数字で、パンデミック収束への期待が高まっている。
ファイザー/ビオンテックとモデルナのワクチンは、ウイルスの遺伝情報をヒトに投与し、体内でウイルスのタンパク質を作らせることによって免疫を誘導する。こうした「人体をワクチン工場として機能させる」というアイデアは、かつては異端とされていた。バイオテクノロジー企業は何年にもわたってそれを検証してきたが、ファイザー/ビオンテックやモデルナの仕事によってこのアプローチが有効であることが確認された。
ファイザーとビオンテックの場合、約4万4000人が参加する大規模臨床試験にどのバージョンのワクチンを使うかということを含め、通常なら数カ月かかる重要な意思決定をわずか数日で行った。
「インフルエンザ」と「がん」の研究を応用
ファイザーのドリミッツァー氏は、2009年に起こった新型インフルエンザのパンデミックで、スイス・ノバルティスのワクチン研究を率いた経験を持つ。彼のプロジェクトは、過去最速のパンデミック対応として3つのワクチンを生み出した。
ドリミッツァー氏はノバルティスで、mRNAを使ってワクチンをつくる新たな手法のテストを始めた。一般的なワクチンが死滅したウイルスやウイルスの断片を使うのに対し、mRNAを使った手法に実際のウイルスは関与しない。
mRNAワクチンの利点(それは開発の「速さ」のカギでもある)は、プラグアンドプレイにある。mRNAを運ぶ「乗り物」はそのままに、mRNAだけを変えればいい。ウイルスが突然変異したとしても、それに応じてmRNAを変えれば対応することができる。
ファイザーでは、ドリミッツァー氏の同僚であるジュリア・リー氏が、数年前からmRNA技術に関するパートナーを探っていた。その中でリー氏は、mRNA技術を使ってがん治療薬を開発していたビオンテックに目をつけた。同社は、最高経営責任者のウグル・サヒン氏と彼の妻で最高医療責任者のオーザム・トリジャ氏が共同で設立した企業だが、当時はまだあまり知られていなかった。
「私はそれほど興味を持っていなかった。われわれはウイルス感染症の研究をしているのに、なぜがんをやっている会社を見ているのかと」。ドリミッツァー氏は振り返る。
たた、リー氏は違った。ビオンテックにはmRNAの生産能力があり、強固な科学者のチームを持っていたので、感染症の研究を一緒にやりたいと考えていたのだ。「結局、私たちはドイツに渡り、ビオンテックのメンバーと会うことになった」(ドリミッツァー氏)。そうして、両社は2018年8月、mRNAをベースとしたインフルエンザワクチンの研究を始めた。
ビオンテックの上級副社長を務めるカタリン・カリコ氏によると、コロナウイルスのパンミックを懸念したサヒン氏は今年1月、ビオンテックとしてワクチン開発に着手すべきと判断。サヒン氏自ら、いくつかのワクチン候補を設計したという。
カリコ氏は「ビオンテックは小さな会社で柔軟性がある。一方、ファイザーのような大企業にはインフラがあり、スケールアップの方法や開発の進め方を知っている」と話す。3月初め、両社はパートナーシップを拡大することを決め、最大7億5000万ドルという契約を結んだ。
4つのプロトタイプで臨床試験
両社は、mRNAワクチンの働きが動物とヒトで大きく異なることを知っていた。そのため、安全性を確認する予備的な動物実験を行ったあと、臨床試験に進めるワクチン候補を1つに絞るための動物実験はパスし、複数のプロトタイプを臨床試験に移行させた。
4月にはドイツで、5月には米国で臨床第1相(P1)試験が始まったが、両社はこれらの試験で4つのワクチン候補をテストした。ドルミッツァー氏は「ヒトに最も効果があるものを迅速に明らかにすることが目的だった」と言う。
7月1日には、米国の成人45人を対象に行ったP1試験の予備的なデータを発表。4つのプロトタイプのうち「B1」と呼ばれるワクチン候補が最も安全性が高かったことが示された。このとき科学者たちは、ワクチンが新型コロナウイルスから回復した人よりも高い抗体産生を誘発する可能性があることに気付いた。7月20日には、ドイツでの試験のデータから、ワクチンがT細胞の反応も引き起こすことも示された。
両社はこの段階で、4万4000人の登録を予定するP3試験には「B1」を使おうと考えていた。しかし、試験開始を数日後に控えた7月24日、「B2」と呼ぶ別のワクチン候補のデータがもたらされた。B2はB1と同様の免疫反応を示したが、高齢者での有害事象が少なかった。研究者たちはすぐに、P3試験に使うワクチンを「B2」に切り替えた。
開発は急ピッチで進み、中には何週間も家族と会わずに仕事をした研究者もいた。ドルミッツァー氏も、3月以降はズームでの対話を除いて妻や子どもたちと会っていないという。「緊急性、協調性、集中力…私は今回ほどそれらを強く感じたことはない」。ワクチンによって産生された抗体の強さを測る新手法を開発したテキサス大医学部のペイ・ヨン・シー博士はこう話す。
同時に、ニューヨーク州パールリバーにあるファイザーの研究センターでは、何百人もの労働者が感染予防のための厳格なプロトコルに縛られた。彼らはドアノブに触れることも許されず、すべてのドアは開け放された状態にされた。感染者が出た時に接触者がすぐにわかるよう、彼らは毎日接触したすべての人を記録するよう求められた。
P3試験の被験者登録もスピーディーに進み、ファイザーのブーラCEOは、早ければ10月にも有効性に関するデータが得られるとの見通しを明らかにした。中間解析にはそれより少し時間がかかったが、大きな遅れにはならなかった
そして11月9日、94人の発症者に基づき、ファイザーは衝撃的な発表を行った。ドルミッツァー氏が中間解析結果を知ったのは発表の数時間前。彼は、FDAが50%の予防効果を承認の基準としていることを指摘し、「誰も90%を超えるような有効性は期待していなかっただろう」と語った。
一方、カリコ氏はワクチンの効果を確信していたという。「それまでの試験で、高いレベルの細胞性免疫反応が示されていた。ナーバスにはなっていなかったし、むしろ自信に満ちていた」
(Michael Erman/Julie Steenhuysen、翻訳:AnswersNews)