製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
黒石眞史(くろいし・まさふみ)東京大工学部、米ミシガン大工学系大学院、米ニューヨーク大スターン経営大学院卒。香港国際空港建設のプロジェクトマネジメントなどを経て、1996年CSKベンチャーキャピタル(VC)に入社。同社で国内初のライフサイエンスファンドを設立し、オンコセラピー・サイエンスなどへの創業期投資を手掛けた。2002年にライフサイエンス分野特化VCのウォーターベイン・パートナーズを創業。キノファーマには投資先企業として関与していたが、2018年に専任経営者として社長に就任した。 |
抗HPV薬を国内外で開発
――子宮頸部異形成治療薬の開発を進めています。
子宮頸部異形成(CIN)は子宮頸がんの前段階で、原因のほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)への持続的な感染です。われわれが開発する抗ウイルス薬は、HPVを含むウイルスの増殖を抑制する低分子薬。CIN患者の子宮頸部からHPVを排除し、手術による部分切除やがんへの進展を防ぐことを目指しています。
国内では、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、京都大が昨年6月から医師主導の臨床第1/2相(P1/2)試験を行っています。
――韓国でも今年7月に企業主導のP1/2試験を開始しました。
承認には大規模なスタディが必要なので、国内の医師主導治験とは別に海外での開発を考えていました。はじめ韓国とオーストラリアで検討していたのですが、オーストラリアは世界で最もHPVワクチンが普及している国の1つ。患者を集めるのに苦労するかもしれないと思い、候補から外しました。
韓国はソウルを中心に大学病院があるので、しっかりとした治験体制が組めるし、HPV分野の治験の経験も豊富。韓国でやると決め、7月に患者登録を開始し、10月からは反復投与試験に入りました。来年の後半には結果が見えてきて、次の判断ができるかなと思っています。まだ決まってはいませんが、次の試験は日韓共同で行う形がいいのではないかと考えています。
今年1月には、婦人科領域に注力するあすか製薬と、日本を対象とするオプション契約を結ぶことができました。同社とは、治験が始まる1年以上前からディスカッションを重ねていたんです。製薬企業とのディールはクリニカルデータが出てから行うのが一般的ですが、薬の市場性や可能性を見てもらえたのではないかと思っています。
――治療の対象となる患者層は。
世界の子宮頸がんの新規患者は毎年50万人超。日本でも年に1万人以上が罹患し、約3000人が亡くなっています。そうでなくとも、子宮全摘などでQOLに深刻な影響がある。子宮頸がんの予備軍であるCINは、軽度から中等度であれば自然に治ることもありますが、いつ進展するのかわからず、患者さんは不安な毎日を過ごしています。
われわれは、まずガイドラインで治療対象となっているCINでの承認取得を目指しています。それより早い段階でもウイルスを排除できますので、いずれは患者層を広げていきたいです。
全てのHPVに効く可能性
――抗ウイルス薬は、HPV以外のウイルスも対象になるとのことですが、詳しい作用機序について教えてください。
われわれの抗ウイルス薬は、ウイルス自身をターゲットとする従来の抗ウイルス薬とは異なります。
ウイルスは、タンパク質からなる「殻」とその内部の「核酸(遺伝情報物質)」から成るシンプルな微小構造体で、宿主の細胞にある様々な因子(酵素など)を使って複製・増殖します。われわれの薬が狙うのは、この宿主細胞の因子。開発中の薬は、転写伸長に絡む酵素を阻害する。このため、HPVを含めたDNAウイルス全般に幅広い効果を持っていると考えられます。
HPVのうち、子宮頸がんの原因となるのは12~14タイプあると言われています。HPVへの感染を予防するHPVワクチンは2 価、4価、9価が承認されていて、発がん性の強いHPV16型や18型をはじめ、重要なタイプから順に抑えていっています。
1つ1つ確認したわけではありませんが、われわれの抗ウイルス薬は、メカニズムから考えると200近くあるHPVの全タイプに効く可能性がある。DNAウイルスは基本的に、宿主因子を使わなければ複製できないので、われわれの薬から逃れるのは難しいんです。そのためか、これまでの実験で薬剤耐性が出たことはありません。非常にいいプロファイルを持った薬だと思っています。
――子宮頸がんの領域は、HPVワクチンの普及率の問題もあり、社会的にも注目されています。
子宮頸がんはHPVウイルスへの感染が原因だとわかっているにもかかわらず、ワクチンで予防する以外に手立てがありません。治療用ワクチンの開発は進んでいますが、承認された抗HPV薬はない。動物モデルがないので、開発しづらいというのがその理由の1つです。
ワクチンも、オーストラリアやイギリスのように8割以上普及している国がある一方、アメリカのある年齢層では40%、フランスやドイツでも20~30%程度にとどまります。日本では0.3~0.6%と言われていますし、アジアではこれからワクチンプログラムを作ろうというところです。
――治療薬が重要となりますね。
「HPVワクチンがあるから、抗ウイルス薬はいらないだろう」なんて議論をふっかけられたこともありました。しかし、普及には課題もありますし、仮に10年前からワクチン行政がうまくいっていたとしても、定期接種でカバーされていない世代もいます。予防は必要ですが、依然としてリスクはあるんです。
それに、ワクチンは生物製剤で製造にお金がかかりますし、冷蔵での管理が必須。WHO(世界保健機関)に関わりを持つある婦人科の先生からは、「低分子薬なら、東南アジアの山奥でも管理できるから」と、WHOに話を持っていくよう勧められています。クリニカルデータが出たら訪ねてみるつもりです。これまでワクチンしかなかったアプローチが変わってくるかもしれません。
日本の子宮頸がんの検診率が4割程度と低いことも問題です。気付いたらがんだったという患者さんが多い。もしCINの治療法ができれば、検診率を上げることにもつながるはず。そういう環境も整備していかなければならないと思っています。
「手に入りやすい」を大事に
――抗ウイルス薬のコンセプトは、キノファーマの設立時からあるものでしょうか。
キノファーマは、創業科学者の萩原正敏・京都大教授(大学院医学研究科 生体構造医学講座 形態形成機構学)が、キナーゼ阻害薬について研究する中、「新しいウイルス阻害薬がでてきた」ということで2005年に立ち上げた会社です。
キナーゼ阻害薬は当時、ほとんどが抗がん剤として開発されていました。でも、萩原先生は、「大手企業がやらないところに次のオポチュニティがあるんだよ」と。がん以外への応用という、時流とは違うところを目指していたんです。
加えて、当時のベンチャーといえば生物製剤をやるところが多かったんですが、萩原先生は低分子をやるという姿勢を崩さなかった。社是でもある「なるべく世界中の人が手に入りやすい薬を提供する」ことを当時から大切にしていました。
――黒石さんがキノファーマの経営に関わるようになったきっかけは。
ウォーターベイン・パートナーズにいたころ、最初のインベスター(投資家)として参画したのがはじまりです。本格的にキノファーマの経営に関わるようになったのは、リーマンショックがきっかけ。資金調達が事実上ストップし、なんとかしなければならない、と。
それからしばらくウォーターベインとの兼任でやっていたのですが、CIN治療薬のコンセプトが固まってきたあたりで、「上場を考えるなら」と、キノファーマに専念する決意をしました。来年には臨床試験の結果が見えてきますので、最短で再来年の上場を目指しています。
――ウォーターベインを創業する前、CSKベンチャーキャピタル(VC)では、日本初のライフサイエンスファンドを設立されています。
米国のビジネススクールで勉強していた90年代前後は、アントレプレナーシップが一大潮流となっていました。米国で2000年代に開花したITやゲノムの企業は、その時期に仕込まれたもの。そばで見ながら、自分でもできないものかと考えていました。
そんな折、CSKVCにご縁をいただいて、キャピタリストへの転身を決めました。ライフサイエンスに目をつけたのは、米国でこの領域の投資が盛んだったことと、日本版バイドール制度が整備された時期だったから。いち早く取り組みを始めた東京大先端科学技術研究センターや同大医科学研究所の先生の支援もあり、大学発のシーズの事業化を手伝うファンドを作りました。幸い、お金の出し手である製薬企業にも賛同をもらえた。そこから、ファイナンス側でベンチャーの立ち上げを1つずつ手作りで支援してきました。
――今後の展望について教えてください。
抗DNAウイルス薬は現在、ウイルス性の皮膚疾患を次の対象に定め、治験の準備を進めているところです。さらに、同じプラットフォーム・コンセプトに基づき、別の宿主因子をターゲットとする抗RNAウイルス薬の研究も行っています。
神経変性疾患でも治療薬を開発しています。特に注目しているのがダウン症。ダウン症は、体細胞の21番染色体が3本ある(通常は2本)ことによって起こる遺伝性疾患ですが、キノファーマは21番染色体の中にあるDyrk1a遺伝子を標的とする阻害薬を持っている。タウタンパクの過剰リン酸化を抑える効能を持つ薬で、アルツハイマー病でも研究を進めています。
面白いことに、Dyrk1a阻害能を持つ分子は、緑茶成分のエピガロカテキン3-ガラートにも含まれている。スペインの研究チームがこれに着目して、高濃度抽出成分をダウン症患者に投与したところ、認知機能が改善したという報告もあります。一定の効果が見込めるなら、治療法として追いかけて行きたい。本格的に取り組むのは上場後になると思いますが、それまで温めておきたいと思っています。
(聞き手・亀田真由)