海外では、承認される新薬の半分以上を生み出す創薬ベンチャー。海外に比べて投資環境が整っていないと指摘される日本でも、官民が連携して改善を進めています。中でも重視されるのは企業と投資家の対話。情報開示のあり方が問われています。
成長率の低い日本の新興市場
「57%」。この数字は、2019年に米国で承認された44の新薬のうち、創薬ベンチャーを起源とする新薬の割合です。個別化医療や希少疾患に開発のターゲットがシフトし、次世代抗体や遺伝子治療、細胞治療など創薬のモダリティも多様化。先端分野に取り組むスタートアップ企業の存在感は増しています。
こうした中、経済産業省は2017年、「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会」を立ち上げました。「伊藤レポート」で知られる一橋大学の伊藤邦雄CFO教育研究センター長を座長に、機関投資家や企業の財務・IR担当者らと、創薬ベンチャーの投資環境に関する議論を進めています。
研究会では、米国をはじめとする海外との比較をもとに、国内外のバイオベンチャーを取り巻く環境を整理。日本の新興市場の現状や課題などを「伊藤レポート2.0『バイオメディカル産業版』」としてまとめました(18年4月に初版を発表し、19年7月に改訂)。
ギリアド、アムジェン、ジェネンテック(いずれも米国)といった企業を生んだ米国市場には、機関投資家が多額の資金需要を支えて成功例をつくり、それがさらなる投資を呼び込む好循環があります。一方、日本の新興市場は個人投資家が約9割(上場バイオ企業平均)で、資金調達も小規模。バイオ企業をカバーするアナリストも欧米と比べて不足しています。
上場後の成長も鈍く、時価総額も米欧や中国、韓国に水を開けられています。上場や上場廃止の基準が海外と異なり、新規上場、上場廃止ともに少ないため、市場の新陳代謝が進んでいません。海外では、赤字上場のほうが時価総額の成長率が大きく、米国ではバイオ企業の6割が赤字で上場しますが、日本では1割程度。米国の創薬ベンチャーは7割近くが上場10年後も赤字ですが、その間に1社あたり平均で370億円近くの資金を調達しています。
香港やシンガポールでは、赤字企業でも上場できるよう市場の改革が進んでいます。香港では18年以降、開発中の製品がコンセプト段階をクリアした企業について、▽時価総額が一定の水準を超えている▽バイオ専門ファンドや大手製薬企業など「プロ」から投資を受けている――といった条件を満たせば、財務基準に届かなくても上場が可能になりました。この改革以降、2年半ほどで20社以上が上場を果たしており、市場の活性化につながっています。
伊藤レポートは新規上場の審査について、売上高や利益といった業績指標だけでなく、時価総額など別の基準も考慮すべきと指摘。これを受けて、東京証券取引所は19年末、「客観的に有効性を示すデータがあること」「事業計画が合理的であること」などを上場審査のポイントとして示しました。今年2月には従来の上場廃止基準を見直し、財務数値基準を下回っても、「高い成長性を有する場合」(時価総額40億円以上など)は上場を維持できるようになりました。
対話につながる非財務情報の開示とは
こうした市場環境の整備は大切ですが、一方で、投資を呼び込み、創薬ベンチャーの成長につなげるためには、投資家と企業との対話が重要になります。
その材料となるのが非財務情報です。日本企業の情報開示は財務関連が中心ですが、米国は競合との比較や優位性、臨床試験などの分析データ、市場規模情報といった情報が豊富。中でも、競合比較にいたっては日本企業の10倍以上の開示量と言われています。
「海外では、企業価値の本質を▽パイプラインの源泉の優位性▽トップマネジメント戦略▽優秀な人材が集まっているか――を中心に見ていると感じる」。経産省とライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が9月に共催したオンラインイベントで、経産省研究会メンバーの岩田俊幸氏(ペプチドリームIR広報部長)は、投資家経験をもとにこう話しました。
東京大エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)の宇佐美篤取締役・パートナーは、同イベントで、投資家と企業の対話には
▽技術が学会や論文などを通して第三者から評価を受けているか
▽対象疾患の明確化、POCの取得状況
▽競合優位性を定量的に評価できているか
▽KOL(キー・オピニオン・リーダー)からフィードバックを貰っているか
▽会社のチームメンバーが十分で、中長期ビジョンが浸透しているか
――といった具体性が重要となると指摘。イベント内では、上場・非上場を問わず、投資先行型の企業では、こうした情報を適切に開示することが投資家との十分な対話につながると議論されました。
「あるがままを話す」
再生医療ベンチャー・ヘリオスの鍵本忠尚代表取締役社長(経産省研究会メンバー)は、10月に行われた「BioJapan 2020」のセミナーで、これまでの投資家との対話を振り返り、「経営者が熱意をもって夢を語ることは大切ですが、自信もリスクもあるがままを伝えることが大切。あるアナリストから日本のバイオベンチャーで機関投資家の割合が最も高いのはヘリオスだと聞きましたが、こうしたディスクロージャー・ポリシーだったからかなと思っています」と話しました。
15年6月にマザーズに上場した同社は、赤字ながらすでに300億円規模の資金調達を実現。「発売につなげ、リターンを生むことができれば、日本でも米国のような赤字モデルが動くんだと納得してもらえる」と意気込みます。
経産省の研究会は現在、投資家目線でバイオベンチャーが開示すべき非財務情報を示す「情報開示ガイドブック(仮称)」を作成しており、年内の公表を目指しています。18年には東証が「ライフサイエンス・バイオビジネス上場相談窓口」を設置。基礎研究段階の企業や創薬型モデルではない企業なども含め、広く相談に応じています。厚生労働省も、医療系ベンチャーのトータルサポート事業を進めており、昨年ポータルサイト「MEDISO」を開設。法規制や資金調達、事業構築、出口戦略などに関する相談を受け付けています。
製品の発売や大手製薬企業との大型提携など、成功事例が増えつつある国内のバイオベンチャー。投資家への魅力を高め、好循環につなげることが期待されます。
(亀田真由)