2020年のノーベル化学賞を受賞したエマニュエル・シャルパンティエ氏(左)とジェニファー・ダウドナ氏(右)のイラスト(Nobel Media)
[ストックホルム/ベルリン ロイター]生命のコードを書き換えることができる遺伝子の「ハサミ」を開発した2人の科学者が、2020年のノーベル化学賞を受賞した。彼女たちの研究は、新たながん治療に貢献し、遺伝性疾患の治療につながる可能性を秘めている。
受賞したのは、フランス人のエマニュエル・シャルパンティエ氏と、米国人のジェニファー・ダウドナ氏。2人は、動物や植物、微生物のDNAを正確に編集する「クリスパー・キャス9」を開発した。賞金1000万スウェーデンクローナ(110万ドル)は2人で等分する。スウェーデン王立科学アカデミーは授賞理由について「DNAを好きなところで切れるようにしたことは、生命科学に革命をもたらした」としている。
シャルパンティエ氏とダウドナ氏は、1911年のマリー・キュリー氏、2018年のフランシス・アーノルド氏に続き、ノーベル化学賞を受賞した6人目、7人目の女性となる。化学賞受賞者に男性がいないのは、英国のドロシー・ホジキン氏が単独で受賞した1964年以来だ。
独マックスプランク感染生物学研究所のシャルパンティエ氏は「非常に感動的で、心を動かされた」と語り、初めて女性2人がノーベル化学賞を受賞したことは「科学が近代化し、より多くの女性リーダーが出てきたことを示している」と述べた。
ダウドナ氏はすでに、バイオテクノロジースタートアップ「マンモス・バイオサイエンス」の共同創業者として、クリスパーを使って新型コロナウイルスと闘っている。同社は、英グラクソ・スミスクラインと提携し、新型コロナウイルスの診断法の開発を進めている。ダウドナ氏は声明で「好奇心に駆られてスタートした基礎研究のプロジェクトが、今や人間の状態を改善しようと働く無数の研究者が使う画期的な戦略となった」とコメントした。
続く特許争い
発見から受賞までは10年足らずで、ノーベル賞としては比較的短い期間での受賞となった。クリスパーは以前からノーベル賞候補に上げられていたが、この技術が科学者に神のような力を与え、例えば「デザイナーベイビー」をつくるなど、悪用や乱用の可能性があると懸念されている。
ノーベル化学委員会のクレス・グスタフソン委員長は「この技術には大きな力があり、細心の注意を払って使う必要がある」とする一方、「しかし、これこそが技術であり、人類にとって大きな可能性を開く方法であることも明らかだ」と述べた。
シャルパンティエ氏はかつて、神との関係について尋ねられ、自身がカトリック教徒として育てられたと語っていた。受賞者の発表後、彼女は「私の焦点はすべて化学にある。私は科学者としてやっていることを信じている」と話した。
クリスパーは研究が活発な分野であり、今回の受賞者と、マサチューセッツ工科大とハーバード大が運営するブロード研究所のフェン・チャン氏らとの間で、特許係争が続いている。グスタフソン氏は、選考委員会がほかの候補者を検討したかについてコメントを控えた。
広がる応用
シャルパンティエ氏のブレークスルーは、扁桃炎や致命的な敗血症を引き起こす可能性がある細菌ストレプトコッカス・ピオゲネスを研究していた際、免疫システムにある未知の分子がDNAを「切断」することを発見した時だった。彼女はこの発見を2011年に発表。すぐにダウドナ氏と共同研究を始め、細菌の遺伝子のハサミを試験管の中に再現し、さらに道具をシンプルにして使いやすくした。
2人は12年6月に一連の研究成果を発表した。ブロード研究所のグループが米国で特許を出願する7カ月前のことだ。ブロード研究所のエリック・ランダー所長は、特許を巡る争いが続いているにもかかわらず、シャルパンティエ氏とダウドナ氏に「大きな祝福」を送った。彼は「果てしなく広がる科学のフロンティアが拡大し、患者に大きなインパクトを与え続けているのは、エキサイティングなことだ」とツイッターに投稿した。
DNA鎖には、細胞に何をすべきかを伝える何万ものコード化された命令が含まれている。クリスパー・キャス9の優れているのは、DNAを適切な場所で切断するだけでなく、エラーが忍び込まないように接合点を修復できる点だ。
クリスパー・キャス9はいまや、生化学や分子生物学の研究室で広く使われるツールとなっており、作物を干ばつに強くしたり、遺伝子疾患の新しい治療法を開発したりするために使われている。
(Niklas Pollard/Douglas Busvine、翻訳:AnswersNews)