新型コロナウイルスの拡大で一気に加速すると言われているデジタルトランスフォーメーション(DX)。テレワークが進み、デジタルチャネルを通じた営業活動が広がるなど、デジタル化が遅れていると言われる製薬業界にも変化が見え始めました。製薬業界では今、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が待っているのか。デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントと議論します。(連載の全記事はこちら)
感染拡大落ち着いても増加傾向
前田雄樹(AnswersNews編集長):今回は、オンライン診療サービス「curon(クロン)」を展開するMICIN(マイシン)の共同創業者である草間亮一さんをゲストにお迎えして、コロナ禍で一気に普及したオンライン診療をテーマに議論したいと思います。
今年4月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応として、オンライン診療が初診を含めて時限的に全面解禁されました。実際、利用はかなり伸びているのでしょうか。
草間亮一(MICIN):本題に入る前に、オンライン診療の歴史を少し振り返ってみたいと思います。かつて「遠隔診療」と呼ばれていたオンライン診療は、離島や僻地では1997年ごろから行われていました。それが、2015年の厚生労働省医政局長通知によって、地域的な制限や疾患の制限が取り払われました。診療報酬が算定できるようになったのは18年からです。さらに今年の4月以降は、COVID-19の感染拡大に伴うに時限的措置によって、オンライン診療の活用シーンが劇的に変わっています。
オンライン診療ベンダー各社そうだと思いますが、今年4月以降、医療機関の導入数はかなり伸びています。第1波が過ぎ去っても勢いは衰えておらず、患者さんが医療機関に戻ってきている中でも、オンライン診療の利用回数自体は徐々に増えつつある状況です。
前田:実際に利用した患者の反応はいかがですか。
草間:感染拡大が落ち着いても利用が伸びている背景には、「使ってみると便利」ということがあります。患者さんにオンライン診療のメリットを聞くと、1番多いのは「病院に行く手間が省ける」で、7割の患者さんがそう答えている。この点は、必ずしもCOVID-19の感染拡大とは関係ありません。ですから、感染が収束したあとも、少しずつオンライン診療は定着していく傾向にあると思います。
「初診オンライン」は再考必要
増井慶太(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):「行くのが手間」とか「待ち時間が長い」というのは、私が患者さんにインタビューをしていてもニーズとしてすごく感じるところです。もちろん、インホスピタルのニーズもあるので、すべての疾患に適用できるとは思いませんが、対面との組み合わせも含めて、オンライン診療の普及は不可避なものと捉えています。
前田:もともとあったニーズが、COVID-19によって顕在化したということですね。菅義偉首相は「オンライン診療の恒久化」を明言していますが、今後の広がりについてはどう見ていますか。
草間:今のような「Withコロナ」の状況が、少なくとも1年くらい続くという前提でお話しすると、オンライン診療の今後の広がりは、患者に加え、医師に対してもベネフィットを提供できるか、実績を示すことが大事になるでしょう。
ただ、初診のオンライン診療も全面的に恒久化すべきという議論には、私は危惧を覚えています。医師に話を聞いてみると、「触診もできないし、写真を撮っても色合いがわかりにくし、オンラインで初診をしても何もわからない」ということをよく耳にします。オンラインでの初診が制度上できるようになったとしても、医療従事者が対応できるかは、また別です。現実的には、あらゆる疾患で対応するのは難しいのではないかと思っています。
▽対面と比較した際の診療報酬の担保▽疾患の制限撤廃▽オンラインと対面の組み合わせの頻度――については、柔軟性を確保し、医療現場のニーズを満たす観点から恒久化されるべきですが、初診については再考が必要だと考えています。
製薬ビジネスへのインパクトは
前田:オンライン診療の普及は、製薬企業のビジネスにどんな影響があるのでしょうか。
草間:まず前提として、デジタルシフトは避けられないということは、トップマネジメント層を含め、製薬企業の方々は意識としては持っていると感じています。困っているのは「HOW」の部分。オンライン診療は、このHOWの部分に生かせるのではないかと思っています。
前田:通院の手間が省ければ治療継続率が上がり、その分、薬剤の売り上げが増えるということは容易に想像がつきますが…。
草間:初期的な取り組みではありますが、弊社のデータでも、オンライン診療によって治療からの脱落を抑えられることが明らかになっています。仮にその医薬品がブロックバスター級の製品であれば、それだけでかなりのインパクトになるでしょう。しかし、それだけではありません。
オンライン診療には、
(1)医師と患者さんが直接つながるパターン(Doctor to Patient=D to P)
(2)医師や看護師が患者さん宅を訪問し、そこから遠隔の医師とつながるパターン(D to P with Nurse)
(3)患者さんが近隣の医療機関を受診し、そこと専門医をつなぐパターン(D to P with Specialist)
があります。(2)の場合、スマホを持っていない高齢者の患者さんにもオンライン診療の余地が開けます。従来だと医療機関でしか投与できなかったような薬剤が自宅で投与できるようになり、家族や介護者の負担を軽減できるかもしれません。
(3)は「遠隔連携診療料」として今年4月から診療報酬を算定できるようになりました。目的としているのは希少疾患の早期診断です。これから開発されてくる薬剤は希少疾患を対象としたものも多いので、そういった薬を必要な患者さんにきちんと届けるという意味でも、オンライン診療サービスを展開する余地はあると思っています。
まとめると、オンライン診療は4つの観点で製薬企業のビジネスにインパクトがあるのではないかと考えています。アドヒアランスや治療継続率の向上はもちろん、早期診断を支援することで未治療・未診断の患者を掘り起こす取り組みや、ペイシェント・レポーティッド・アウトカム(PRO)をオンライン診療のツールを使った簡単に集めていこうという研究観点の取り組みにも関心が高いようです。集めたPROをうまく活用し、患者さんのQOLを上げていくようなツールやサービスを作っていける可能性もあるのではないでしょうか。
デジタル化のフックに
増井:今、いろんなデジタルソリューションが出てきていて、バーチャル臨床試験とか、オンライン診療とか、ウェアラブル端末とか、SaMD(プログラム医療機器)やDTx(デジタルセラピューティクス)も含まれると思いますが、結局のところ最終的には全部同じなんだ思っています。患者さんとの接点を増やし、そこから得られるデータを活用して、アプリケーションとしていろいろなものが出てくる。その時にオンライン診療は強力なフックになりますよね。
特に、メーカーが絡む時に面白そうだなと思うのが(2)と(3)のパターンです。実際の医療介入に関連するような形でメーカーがコラボレーションする余地があるのではないかと思っています。
草間:(2)のところで言うと、これまで在宅で比較的高度な医療を施すのは難しかったと思いますが、ドクターが遠隔でサポートできれば在宅診療の選択肢が増えるのではないかと思います。
希少疾患の潜在患者を見つけ、適切な治療を速やかに届けたい、というニーズはずっと昔からありますが、なかなかうまくいっていないのが現状だと思います。それも、(3)のような形でより簡単につなげられるようになるだけで変わると思います。患者さんの近隣の医療機関と専門医がシームレスにつながる世界になれば、早期診断だけではなく、診断後の治療の満足度も高められる可能性があるのではないでしょうか。
ペイシェント・ジャーニーを丸ごと見る
前田:利便性が強調されるオンライン診療ですが、患者との接点という視点で見ると、また違った見え方になりますね。
草間:製薬企業は、患者さんの個人情報には触れたくないと考えていることが多いようです。しかし一方で、ビジネス上は患者さんに対して直接、働きかけたいと思っている。そこのジレンマを解消するような媒体として、われわれのような企業が存在しているのかなと思います。
増井:米国のリボンゴというヘルステック企業に注目しています。最近、オンライン診療のテラドック・ヘルスとマージしましたが、リボンゴが何をやっているかというと、糖尿病なら糖尿病で診断からアドヒアランスのトラッキング、モニタリング、必要に応じた介入まで、ペイシェント・ジャーニーを丸ごと見てるんですね。デジタルとリアルを組み合わせて、特定の疾患の患者さんのペイシェント・ジャーニーを包括的に見ていくようなプラットフォームがいいんだろうなと思いますね。
草間:デジタルツールは、あくまでツールなんですよね。医療の主役は患者さんであり、治療を施す医療従事者じゃないですか。ツールはあくまでそれらをつなぐ媒介であって、主役に置き換わることはないと思います。
これからは、今まであったリアルな世界の限界、オフラインの限界が、ツールによってアシストされていく世界になっていくと思っています。社内でもよく使う表現ですが、われわれが提供するツールは、あくまで電動アシスト自転車です。前に進むため、自転車を頑張って漕ぐのは患者さんであり、どちらに進んだらいいのか指示するのはドクター。それをアシストするのがわれわれです。より速く、よい方向に進んでもらえるようにアシストしていきたいと思っています。
流通や営業にも影響
前田:オンライン診療は、製薬企業にとっても多くのビジネスチャンスがありそうですが、逆に今までのやり方だと難しくなるような部分はありますか?
草間:3年後くらい、オンライン診療が数万施設に導入されてくると、門前の薬局が医療機関と紐付かなくなる可能性はあると思います。そうすると、MRのシェア・オブ・ボイスを競うような製品領域では、営業のROIを測るのが難しくなりそうです。今は、薬局への製品の流通情報をもとに売り上げの変化を追っていますが、モニタリングの方法は変わってくるだろうなと思っています。
増井:そこは、患者さん宅への直接配送とも関連してくるトピックだと思います。アマゾン化すると言うと言い過ぎですが、一部の領域ではそういう方向に流通も変化するでしょうし、ビジネスモデルも変わっていくでしょうね。
増井 慶太(ますい・けいた)=写真左。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。
草間 亮一(くさま・りょういち)=写真右。株式会社MICIN共同創業者・SVP(Senior Vice President)。2012年にマッキンゼー東京支社に入社し、15年から米ニュージャージー支社勤務。主に製薬や医療機器など、ヘルスケア分野を担当。日米欧で、全社戦略の立案、デジタルツールを用いたbeyond the pillの取り組みなど、幅広いプロジェクトを経験。そこで抱いたヘルスケア分野への課題意識から、15年末にMICINを共同で創業。京都大大学院工学研究科卒。 |