塩野義製薬が、2030年のビジョンと、その達成に向けた第1段階と位置付ける21年3月期~25年3月期の中期経営計画を発表しました。ロイヤリティで売り上げの4割近くを稼ぎ出す抗HIV薬の特許切れが迫る中、米中での自社販売拡大や新規ビジネスの創出により、ロイヤリティへの依存度を引き下げていく考えです。
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迫るパテントクリフ
塩野義製薬は6月1日、「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」とする2030年ビジョンと、21年3月期~25年3月期の5カ年の中期経営計画を発表しました。前の中計は21年3月期までの予定でしたが、数値目標をある程度達成できたとして、1年前倒しで新たな中計をスタートさせました。
塩野義の目下の経営課題は、2028年ごろに迎える抗HIV薬ドルテグラビルの特許切れ。新中計では、▽中国と米国での自社販売の強化▽プラットフォームビジネスをはじめとする新たなビジネスの創出――を通じて、最終年度に売上収益5000億円(20年3月期の実績は3333億円)、コア営業利益1500億円(同1282億円)を目指すとしています。
塩野義はこれまで、自社で創製した新薬を海外のメガファーマに導出し、ロイヤリティ収入を得ることで高い利益率を実現してきました。それゆえ収益構造は特異です。20年3月期の連結売上高3350億円に対し、ロイヤリティ収入は1656億円と半分を占め、このうちドルテグラビルなど抗HIV薬は1271億円に上ります。
営業利益は1252億円、営業利益率は37.4%と業界屈指ですが、ロイヤリティがほぼ利益に直結することを考えると、ほかの事業はほとんど利益に貢献できていないということになります。ドルテグラビルの特許が切れるとロイヤリティも大きく落ち込むため、これに代わる収益の柱を立てなければなりません。
中国合弁に強い期待
「ロイヤリティのみでずっと成長できるわけではない。少なくとも日、米、中では自社売りを立てて、ここで成長していく」。6月1日に開かれた説明会で、手代木功社長はこう話しました。新中計では、ロイヤリティを除くと20年3月期は18.3%だった海外売上高比率を、23年3月期に30%以上、25年3月期には50%以上に拡大させていく計画。23年3月期は1000億円を、25年3月期には2500億円を、海外で稼ぎ出す算段です。
塩野義は、2009年に米サイエル・ファーマ(現シオノギインク)を、11年には中国のC&Oファーマシューティカル・テクノロジーを買収しましたが、米中でのビジネスはほとんど伸びていません。ここにテコ入れをすることで自社販売を増やし、海外売上高を拡大させながらロイヤリティへの依存度を下げていくのが新中計のシナリオ。今はほぼすべてロイヤリティでまかなっている利益を、自社販売4割、ロイヤリティ4割、その他のビジネス2割としていくことが「目指すべき姿」(手代木社長)だといいます。
特に期待が大きいのが中国です。塩野義は今年3月、中国最大の保険会社である中国平安保険グループと資本業務提携すると発表。7月末までに合弁会社を設立し、新薬や後発医薬品、OTC(一般用医薬品)を中国から東南アジアへと展開していくことにしています。
手代木社長は、25年3月期に想定する海外売上高2500億円の半分を中国平安保険とのビジネスで確保すると説明。「将来的には、(中国平安保険が持つ顧客データとAI技術を活用した)新しい研究開発のやり方を合弁会社がリードし、日本に逆輸入していくことを考えている」と話しました。
疾患戦略にフォーカス
一方、米国と欧州については、昨年から今年にかけて承認された抗菌薬「FETROJA/FETCROJA」をベースに、M&Aも行いながら早期の収益貢献を目指します。
新中計では、海外ビジネスの拡大や新規ビジネスの立ち上げといった成長ドライバーへの投資枠として5000億円を用意。研究開発費は過去5年間との比較で20%以上増やし、がん免疫療法薬の抗CCR8抗体(制御性T細胞阻害薬)やP2X3受容体アンタゴニスト「S-600918」など注力する8つのパイプラインの開発を加速させる考えです。手代木社長は「この8つの中で、少なくとも3つ、4つが2026年ごろから出てくることを期待している。このうち最低でも2つ当たれば、パテントクリフの大部分は補えるだろうと思っている」としています。
ドルテグラビルや高脂血症治療薬「クレストール」を生み出した塩野義の創薬力には定評があります。一般的に2~3割と言われる自社創薬比率(パイプラインに占める自社創製品の割合)は19年3月時点で67%に達し、ここ数年も▽抗インフルエンザウイルス薬「ゾフルーザ」▽血小板減少症治療薬「ムルプレタ」▽オピオイド誘発性便秘症治療薬「スインプロイク」――を相次いで市場投入しましたが、販売は思い通りに伸びていません。
「言い方は悪いが、『いいモノさえ作れば売れるだろう』という傲慢さがあるのではないか」。手代木社長は説明会でこう反省を口にしました。同社は4月1日付で、疾患の啓発・予防・診断・治療戦略の立案とエビデンスの構築や情報の収集・分析・提供を総合的に管轄する「ヘルスケア戦略本部」を新設。治療薬を中心に疾患をトータルでとらえ、「マーケットを自分たちで作り込んでいく」(手代木社長)ことで製品価値の向上を狙っています。
新中計では、自社販売を拡大させてロイヤリティへの依存度を下げるとともに、ワクチンやプラットフォームビジネスなど特許に基づかないビジネスを拡大させ、特許切れの影響を受けにくい体質づくりも進めます。この20年ほどで「営業力の会社」から「創薬型製薬企業」へと変貌を遂げた塩野義。これからは「薬だけでなく、サービスの要素も入れていかないととても勝てない」と手代木社長は言います。パテントクリフを乗り越えた先に見据えるのは「ヘルスケアプロバイダー」へのさらなる変化です。
(前田雄樹)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】