新薬開発が難航する認知症の分野で、製薬各社がデジタルを活用したソリューションの開発を進めています。エーザイは今年3月に認知機能のセルフチェックツール「のうKNOW」を発売し、スマートフォンアプリを中心とした認知症対策のプラットフォームを開発中。大日本住友製薬は認知症に伴う行動・心理症状を緩和する医療機器を、共和薬品工業はAIを使った診断システムを、それぞれIT企業と組んで開発しています。
エーザイ セルフチェックツールを発売
エーザイは3月31日、認知機能をセルフチェックするためのデジタルツール「のうKNOW」(ノウノウ)を法人向けに発売しました。パソコンやタブレットを使って行う15分ほどのテストで、脳の反応速度、注意力、視覚学習、記憶力を評価。結果とともに、認知機能を維持するための生活習慣についてアドバイスします。
のうKNOWは、豪コグステートが創出した認知機能テスト「Cogstate Brief Battery」をセルフチェックツールとして開発したもの。欧米などでは、Cogstate Brief Batteryが医療機器として承認され、軽度認知障害(MCI)や認知症の診察・診断に使われているといい、エーザイも医療用の診断ツールとして開発することを検討しています。
厚生労働省研究班の調査によると、認知症の患者数は2025年に約700万人を超え、2050年には1000万人に達すると予測。認知症の前段階で、放っておくと1~3割が認知症に進行するとされるMCIの有病者も、12年時点の推定で400万人いると言われています。25年には認知症の社会的コストが20兆円規模に達するとの試算もあり、認知症の発症を遅らせ、進行を緩やかにする「予防」や、発症後も日常生活を続けるための「共生」の重要性は増しています。
エーザイは、スマートフォンアプリを中心とした認知症対策のためのプラットフォーム「easiit」(イージット)の開発を進めており、のうKNOWも今後、easiitとの連携が可能になる予定です。easiitには、個人の健康・生活データ(睡眠、歩行、食事、のうKNOWによるチェック結果など)と医療データ(血液検査、画像検査、診断情報など)を蓄積。エーザイが臨床試験などで得た情報をもとに、蓄積されたデータをAI(人工知能)で解析し、個人に対して認知症予防に役立つアドバイスを提供するとともに、医療従事者に対しては適切な診断や治療のサポートを提供することを目指しています。
エーザイは、こうしたプラットフォームをベースに、多様な事業者が参加して認知症に対するソリューションを生み出すエコシステムの構築を目指しており、ITや保険といった異業種との協業を進めています。
昨年5月には医療・介護用ICTを手掛けるアルムと、地域連携医療や地域包括ケアに対するデジタルヘルスソリューションの開発で提携。同年9月にも東京海上日動火災保険と業務提携を結び、認知機能セルフチェックの習慣化支援や認知症向け保険商品の普及などで協業を始めました。
大日本住友はBPSDを緩和する医療機器
認知症をめぐる課題をデジタルによって解決しようとする取り組みは、国内外の製薬会社で広がっています。
大日本住友製薬は、デジタルヘルステクノロジー企業のAikomiと提携し、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)を緩和する医療機器を共同研究。Aikomi独自の技術を活用し、デジタル機器を使って個人に合わせた感覚刺激を提供するための機械学習機能の開発に取り組んでいます。
共和薬品工業は、データ解析を扱うFRONTEOと認知症診断支援システムの実用化に向けて提携。FRONTEOの自然言語解析AIを活用し、患者と医師の5~10分程度の会話から認知機能障害の有無や重症度を判定するシステムで、医師と患者の負担を軽減できると期待されています。FRONTEOは共和との提携で研究・開発・販売体制を強化し、国内での早期承認取得を目指す考えです。
ヤンセン、リリーら海外大手も
海外の製薬大手では、米ヤンセンが英Humaと、アルツハイマー病のデジタルバイオマーカーを開発中。米イーライリリーは米アップルらと組み、iPhoneなどの端末使用データと睡眠モニタリングアプリなどを組み合わせることでMCIや軽度アルツハイマー型認知症の人を区別できる可能性があることを突き止めました。両者は今後、さらに研究を深めていくといいます。
異業種の参入も盛んです。丸紅は、カナダ・オプティナと、網膜画像を使ったAIによる認知症診断技術の国内展開で提携。順天堂大は、キリンホールディングスなど5社とともに、日本IBMのAI技術を使った予防・診断支援の研究開発を進めています。
疾患修飾薬の開発は難航
一方、疾患修飾薬の開発は難航しており、これまでに多くの候補薬が臨床第3相(P3)試験に失敗してきました。
現在、最も開発が進んでいるのは、エーザイと米バイオジェンの抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブです。昨年3月に有効性を示す見込みがないとしてP3試験を中止しましたが、同年10月、追加データを含めたその後の解析で有効性が確認されたと発表。今年7~9月の完了を目指して米国で申請作業を進めているほか、日本や欧州でも規制当局と申請に向けた協議を行っています。両社はこのほか、早期アルツハイマー病を対象に抗Aβプロトフィブリル抗体「BAN2401」のP3試験を実施中です。
スイス・ロシュ(国内は中外製薬)の抗Aβ抗体ガンテネルマブや、米イーライリリーの同ソラネズマブは、過去にP3試験の中止を経験しており、現在は対象患者や試験デザインを見直すなどして開発を継続中。このほか、中外は抗タウ抗体semorinemabを、リリーも抗タウ抗体zagotenemabと抗N3pG-Aβ抗体donanemabを開発しています。
患者だけでなく、社会にとっても大きな負担となる認知症。医療費・介護費、生産性低下などによるコストは2030年には世界で220兆円に上るとも言われており、公衆衛生上の喫緊の課題となっています。治療はもちろん、予防や診断、介護など、多岐に渡る課題に製薬企業が切り込むことができるのか。進展が待たれるところです。
(亀田真由)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】