悪性度が高く、予後も不良とされる「トリプルネガティブ乳がん」。ホルモン受容体やHER2のような明確な治療標的が存在せず、薬物治療は化学療法に限られていましたが、最近、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬が相次いで承認されました。新たな分子標的薬として期待されるAKT阻害薬の開発も進んでおり、治療選択肢はさらに広がりそうです。
乳がん全体の約15%
トリプルネガティブ乳がんは乳がんのサブタイプの1つで、女性ホルモンによって増殖する性質を持たず、がんの増殖に関わるHER2の過剰発現が見られない乳がんです。ホルモン受容体(HR)である「エストロゲン受容体」と「プロゲステロン受容体」、そして「HER2」の3つが陰性であることからトリプルネガティブ乳がんと呼ばれています。
国内の乳がんの年間罹患者数は8万6500人、年間死亡者数は1万4800人(いずれも国立がん研究センターによる2018年予測)で、トリプルネガティブ乳がんは乳がん全体の約15%を占めるとされています。ほかのタイプの乳がんに比べて若年者に多いのが特徴で、増殖能が高く、生存期間も短いと言われています。
乳がんの薬物療法は、HR陽性なら抗エストロゲン薬(タモキシフェン、フルベストラント)やアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾールなど)といったホルモン療法(内分泌療法)を、HER2陽性ならHER2阻害薬(トラスツズマブ、ラパチニブなど)による抗HER2療法を行うのが基本。一方、トリプルネガティブ乳がんには、いずれの治療も行うことはできず、治療選択肢はこれまで化学療法に限られていました。
PARP阻害薬や抗PD-L1抗体が承認
ほかのタイプの乳がんに比べて治療法が少なかったトリプルネガティブ乳がんですが、2018年7月にはPARP阻害薬「リムパーザ」(一般名・オラパリブ、アストラゼネカ)が、19年9月には免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-L1抗体「テセントリク」(アテゾリズマブ、中外製薬)が承認。分子標的薬が相次いで登場し、選択肢は広がってきています。
リムパーザが標的とするPARP(ポリアデノシン5’二リン酸リボースポリメラーゼ)は、損傷したDNAの修復を助ける酵素。リムパーザはPARPの働きを阻害することで、がん細胞内でDNAの修復ができないようにし、それによってがん細胞を死滅させるという作用機序を持ちます。対象となるのは、遺伝性乳がんの原因遺伝子の1つであるBRCA遺伝子の変異が陽性で、化学療法歴のある患者です。
一方、テセントリクの対象となるのは、がん細胞が免疫細胞による攻撃から逃れる仕組みに関与するPD-L1が陽性の患者。化学療法剤の「アブラキサン」(パクリタキセル〈アルブミン懸濁型〉)と併用します。トリプルネガティブ乳がんに対して免疫チェックポイント阻害薬が承認されるのは初めてです。
AKT阻害薬 中外は来年申請予定
これら2剤に続く新薬の開発も進んでいます。
注目されるのは、中外製薬とアストラゼネカがそれぞれ開発するAKT阻害薬です。AKTは細胞増殖や細胞死に密接に関与しているキナーゼで、中外製薬のイパタセルチブ(開発コード・RG7440)とアストラゼネカのカピバセルチブ(AZD5363)が臨床第3相(P3)試験を実施中。イパタセルチブは2020年の申請を予定しています。
免疫チェックポイント阻害薬では、MSDの抗PD-1抗体「キイトルーダ」(ペムブロリズマブ)の適応拡大に向けた開発がP3試験の段階。キイトルーダは欧米でエーザイのマルチキナーゼ阻害薬「レンビマ」(レンバチニブ)との併用でもP2試験を行っており、欧米ではブリストル・マイヤーズスクイブの抗PD-1抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)もトリプルネガティブ乳がんを対象にP1/2試験を実施しています。
PARP阻害薬では、ファイザーのタラゾパリブ(PF-06944076)が国内でP1試験を実施中です。
(前田雄樹)