大日本住友製薬が3200億円という巨費を投じて戦略提携を結ぶ欧州のバイオベンチャー「ロイバント・サイエンシズ」。設立5年の若い企業でありながら、ユニークなビジネスモデルで注目されています。一体どんな会社なのでしょうか。
「ラツーダ後の成長エンジンを獲得」
9月6日、大日本住友製薬は、英国とスイスに本社を置くバイオベンチャー「ロイバント・サイエンシズ」と戦略提携を結ぶことで基本合意したと発表しました。ロイバントの5つの子会社を買収して複数の新薬候補を獲得するとともに、ロイバントの株式の10%以上を取得。総投資額は約30億ドル(約3200億円)となる見通しで、10月末に正式合意する予定です。
大日本住友が今回の提携で獲得するのは、▽GnRH受容体拮抗薬レルゴリクス(子宮筋腫など)▽β3アドレナリン受容体作動薬ビベグロン(過活動膀胱など)▽再生医療RVT-802(小児先天性無胸腺症)▽トリプトファン水酸化酵素阻害薬ロダトリスタットエチル(肺動脈性肺高血圧症など)――など。2019~22年度に複数の製品が米国で承認される見通しで、このうちいくつかはブロックバスターに成長すると期待しています。
提携の最大の眼目は、連結売上高の4割を稼ぐ抗精神病薬「ラツーダ」の特許切れ。最大市場の米国では23年に後発医薬品が参入する予定です。野村博社長は「戦略提携により、米国でのラツーダの独占販売終了後の成長エンジンを獲得できる」とコメントしました。
大日本住友は18~22年度の中期経営計画で、3000~6000億円のM&A枠を設定。23年度以降の収益に貢献する精神神経領域のパイプライン獲得を最優先する方針でしたが、今回の提携で獲得する後期開発品にこの領域のものは含まれません。同社は今年7月、ポスト・ラツーダとして期待する抗がん剤ナパブカシンの膵がんを対象とした臨床第3相(P3)試験に失敗。売上高6000億円を目指す中計のシナリオにも狂いが生じており、領域戦略より売り上げ目標の達成を優先した末の巨額投資と言えそうです。
設立5年 独自のビジネスモデルで注目
ロイバントは、CEO(最高経営責任者)を務めるヴィヴェック・ラマスワミ氏が2014年に設立した非上場のバイオベンチャー。設立5年の若い企業ですが、ユニークなビジネスモデルで業界の内外から注目されています。ラマスワミ氏は、米ハーバード大で生物学を学び、07年の卒業後はベンチャー投資家として活躍。ソフトバンクグループの「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」から1000億円を超える出資を引き出したことでも知られます。
ロイバントのビジネスモデルは、ほかの製薬企業が戦略的な理由で開発を中止した化合物を譲り受け、開発を進めるというもの。例えば、今回の提携で大日本住友が獲得するレルゴリクスは武田薬品工業が、ビベグロンは米メルクが創製した化合物です。優先順位や重点領域など、有効性・安全性とは関係ない戦略的理由でたなざらしになっている新薬候補は多く、ロイバントのパイプラインは14領域で45を超える化合物に広がっています。
領域や化合物ごとに「◯◯vant」と呼ぶ子会社を設立し、小さな組織単位で効率的かつ迅速な開発を行っているのも特徴です。各子会社のトップには製薬業界での経験が豊富な人材を招いており、大日本住友が株式を取得する「ミオバント・サイエンシズ」のリン・シーリーCEOは、米メディベーションで前立腺がん治療薬「XTANDI」の開発を率いた人物。呼吸器疾患領域の「アルタバント・サイエンシズ」では、米ギリアド・サイエンシズでC型肝炎治療薬「ソバルディ」「ハーボニー」の開発を手掛けたビル・シモンズ氏がCEOを務めています。
ヘルスケアITにも注力
ロイバントはデジタルテクノロジーにも強く、独自のデータ分析を通じてパイプラインの獲得や臨床開発をサポートするプラットフォームや、事業活動を通じて得たデータを解析することで業務プロセスの最適化を図るプラットフォームなどを保有。独自のビジネスモデルとテクノロジーが、スピーディーな事業展開の両輪となっています。
大日本住友は今回の提携で、これら2つのプラットフォームと関連する人材を獲得。さらに、ヘルスケアIT子会社2社と事業提携し、ビッグデータ解析を通じて営業活動を効率化するプラットフォーム技術にもアクセスできるようにします。大日本住友は、こうしたプラットフォームの獲得・利用を通じて、新薬開発を効率化し、デジタルトランスフォーメーションの加速させることを狙っており、ラツーダの独占販売期間が終了する23年度以降の持続的成長につなげたい考えです。
大日本住友が「持続的成長の実現に向けた大変革」と位置付ける今回の大型提携。ラツーダのあとを担う新薬候補を手に入れるだけでなく、パイプライン獲得のノウハウやデジタルテクノロジーをうまく取り入れることができれば、金額以上に意義のある提携となるでしょう。
(前田雄樹)