ヘルスケア領域を将来の柱と位置付ける富士フイルム。再生医療では、2014年の本格参入以来、M&Aや提携で急速に事業を拡大させています。治療用細胞はもちろん、それに必要な培地や足場材、さらには開発・製造受託まで、幅広い事業展開で世界のトップランナーを自負する同社の再生医療事業の「現在地」を整理しました。
参入は2014年 フィルム技術由来の「足場材」で
富士フイルムホールディングス(HD)はここ数年、再生医療に向けて積極的な投資を行っています。
参入したのは2014年。日本で初めて再生医療等製品を発売したジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)を子会社化し、写真フィルムの研究で培ったコラーゲン技術を応用した細胞外マトリックス(足場材=細胞の育成・増殖の土台となるタンパク質)「cellnestヒトI型コラーゲン様リコンビナントペプチド」を発売しました。
15年には米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(現フジフイルム・セルラー・ダイナミクス=FCDI)を買収し、iPS細胞の開発・製造能力を獲得。細胞の培養に必要な培地の分野では、17年に和光純薬工業(現富士フイルム和光純薬)を、18年にアーバイン・サイエンティフィック・セールス・カンパニー(現フジフイルム・アーバイン・サイエンティフィック)とそのグループ企業であるアイエスジャパンを買収しました。「細胞」「細胞外マトリックス」「培地」と、再生医療の開発・製造に必要な3要素を揃え、事業を加速させています。
国内外で治療用細胞を開発
富士フイルムでは、これら3つの基盤技術をもとに、米子会社FCDIが中心となって治療用細胞の開発を進めています。
グローバルで臨床試験に入っているのは、出資先の豪サイナータ・セラピューティクスが移植片対宿主病の適応で開発する他家iPS細胞由来間葉系幹細胞製品「CYP-001」。FCDIが提供した細胞を使っており、英国で臨床第1相(P1)試験を終えました。富士フイルムは同製品の日米英でのライセンス導入の選択権を取得しています。
眼科領域では、世界で初めてiPS細胞から視細胞への分化誘導法を確立した科学者と米国に新会社オプシス・セラピューティクスを設立し、加齢黄斑変性や網膜色素変性向け細胞治療を開発しています。がん領域では19年7月に、米ベンチャーキャピタルのVersantと他家iPS細胞を使ったがん免疫療法の創出を目指すCentury社を設立。独バイエルも参画し、CAR-T細胞療法のほか、CAR遺伝子を導入したNK細胞やマクロファージを用いたがん免疫療法で開発を開始しました。
国内では、低コストで製造可能な自家CAR-T細胞療法を名古屋大・信州大から導入し、CD19陽性の急性リンパ性白血病を対象に21年3月期中の企業治験開始を目指して開発が進行中。J-TECは、日本初の再生医療等製品である自家培養表皮「ジェイス」や自家培養軟骨「ジャック」を販売しており、今年3月には自家培養角膜上皮(開発名・EYE-01M)を申請。同製品は眼科医療機器メーカー・ニデックから開発を受託したもので、承認取得後はニデックが販売する予定となっています。
CDMO・培地…成長領域で拡大を狙う
富士フイルムはヘルスケア分野を重点事業領域に位置付けており、再生医療のほか、医薬品や診断システム開発の分野も拡大させています。中でもバイオCDMO事業は大きく伸長しており、同事業の品質管理技術やFCDIのiPS細胞の培養・分化誘導技術などをもとに、再生医療でも開発・製造の受託事業を展開しています。
18年12月には、総額約25億円を投じて米国に治療用iPS細胞の生産施設を新設すると発表。同施設は19年度中の稼働開始を予定しています。遺伝子治療薬の製造受託の開始に向けて設備投資を強化しているほか、国内ではJ-TECが開発や製造に加えて薬事コンサルティングの受託も行っています。
受託先の一部とは資本業務提携を結んでおり、ライセンスや自社製品への技術の応用も狙っています。19年6月には島根大発ベンチャーPuRECと提携し、同社の低フォスファターゼを原因とする先天性骨形成不全症対象製品のライセンス優先交渉権を取得しました。臓器移植での免疫抑制薬の使用低減を目的に再生医療等製品を開発する順天堂大発のJUNTEN BIOとも提携し、ドナー由来の臓器に対する免疫反応を起こさないように自家T細胞を加工する技術へのアクセスを獲得しました。
市場が急速に拡大する培地への期待も高く、アーバイン・サイエンティフィックが想定を上回る成長を見せているほか、17年10月に買収したジャパン・バイオメディカルの培地添加剤「NeoSERA」を組み合わせた高機能培地の開発も進行中。今年7月には約30億円を投資し、21年中の稼働を目指して欧州で培地の生産工場を新設すると発表しました。
18年には、再生医療製品とバイオ医薬品の基礎研究から生産プロセス技術の開発までを一貫して行うことのできる「バイオサイエンス&テクノロジー開発センター」を設立。生産技術で収益基盤を作りつつ、治療用細胞の実用化に向けてギアを上げています。
(亀田真由)