日本製薬工業協会が、メディカル・サイエンス・リエゾン(MSL)の活動に関する「基本的考え方」とまとめました。営業からの独立を明確にうたう一方、医学的・科学的に高度な情報提供・情報交換を担保するための要件をめぐっては、現役のMSLから疑問の声が上がっています。
「営業から独立」「販促を目的としない」と明記
日本製薬工業協会(製薬協)は4月2日、メディカルアフェアーズ(MA)とメディカル・サイエンス・リエゾン(MSL)の活動に関する「基本的考え方」を公表しました。米国研究製薬工業協会(PhRMA)は2016年2月に、欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)も17年10月に、それぞれMSL活動に関する指針を公表していますが、日本の製薬業界団体がこうした文書をまとめるのは初めてです。
製薬協の基本的考え方では、MAの役割を
▽アンメットメディカルニーズの把握
▽メディカルプランの作成
▽エビデンスの創出
▽医学・科学的情報の発信・提供
と定義。その担い手として「担当する疾患領域における最新の科学知識に基づき、社外医科学専門家と同じ科学者同士の立場で医学的・科学的情報の交換と意見交換を行う」のがMSLであるとされています。
共通理解を促進
製薬企業、特に営業部門をとりまく環境の変化を背景に、日本でも2005年ごろから外資系製薬企業でMA部門の設置やMSLの配置が始まり、その後、内資系企業にもそうした動きが広がりました。国内の製薬会社に所属するMSLも増加傾向にありますが、MAやMSLに対する医療従事者の理解は十分とはいえず、製薬協は今回「会員会社と医療従事者、そのほかのステークホルダーとの間で共通の理解を促進」するため、基本的考え方をまとめたといいます。
基本的考え方では、MSLについて、営業部門からの独立を担保された組織に所属していることや、活動は自社医薬品の販売促進を目的としないことを明記。MSLが情報提供に用いる資料は営業部門のそれと区別すべきとし、売り上げ目標など営業活動に関連した指標でMSLを評価することもNGとされました。
「学士でも可」要件に疑問符
MA/MSLの営業からの独立をあらためて明確化した製薬協の「基本的考え方」ですが、MSLとしての活動を担保する要件をめぐっては疑問の声も聞かれます。MSLの役割を「科学者同士の立場で医学的・科学的な情報交換・意見交換を行う」としながら、必要な学位を「少なくとも学士」としていることに違和感を覚える現役MSLも少なくありません。
基本的考え方では、
▽医師、薬剤師などの医療分野での資格の取得または教育機関における医学、薬学などの自然科学分野での学位の取得
▽MSL活動に関連する規制や社内基準、社内手順書への理解
▽担当疾患領域に関する知識の習得
などに留意した上でMSLの要件を規定するよう各社に求めています。必要な学位のレベルは各社の判断に委ねられますが、製薬協は「少なくとも学士の取得は必須とすべき」との考えを示しています。
MSLは医学的・学術的に高度な情報提供を担うため、欧米では博士課程相当の学位(PhD、MD、PharmD)を要件としているのが一般的です。外資系製薬企業に勤めるMSLは「『科学者同士の立場で』と言うが、欧米並みのMSLを日本でも普及させていくなら、科学者としての教育を受けた人、論文執筆も含めた研究経験のある人、医療系の資格保有者を要件とすべき」と指摘。MSLへの理解が十分でない中、「ここを明確にしないと、結局、MSLとMRの違いがよくわからないという状況は続く」と言います。
バックグラウンドを持っていることが重要
製薬会社も課題意識は持っています。ファイザーの原田明久社長は「医師も『この人は本当にサイエンスのバックグラウンドを持っているのかな』と思う。これからの製品は科学的にも非常に進んだものが出てくるので、しっかりしたバックグラウンドを持っていることがメディカルとしては重要だ」。日本イーライリリーは▽PhD取得後2~3年の研究経験のある人▽PhD保有者でない場合は5年以上の研究開発経験のある人――をMSLの要件としており、同社の吉川彰一研究開発本部長は「カスタマーの医師と同等のレベルで科学的な議論ができる人材に限定して採用している」と話します。
一方で、MRからMSLというキャリアパスが存在するのも事実。企業によってすでにMA/MSLのあり方にばらつきが見られる中、業界指針をまとめるのは難しい作業だったことは理解できますが、「せっかくこういう文書を出すなら、業界として『MSLは科学的な議論ができる素地を持った人たちです』とアピールできるものにすべきだった」(内資系製薬会社のMSL)との声も漏れます。
医薬品の情報提供を取り巻く環境が変化する中、製薬企業にとって重要性が増しているMSL。その活動を意義あるものにするためには、科学的な素地を担保し、そのことを医療従事者に理解してもらうことが欠かせません。業界としてより強いメッセージの発信が求められます。
(前田雄樹)