治療薬の進歩により、感染しても普通の生活を送れるようになったHIV。現在は毎日服用する経口薬が治療の中心ですが、月に1回、あるいはそれ以上に少ない投与頻度でウイルスの増殖を抑える長時間作用型の注射薬の開発が進んでいます。英ヴィーブは4週1回投与の薬剤を今年中に申請する方針。米ギリアドは、新規作用機序の抗ウイルス薬の臨床試験を進めています。
現在は毎日服用の経口薬
HIV感染症は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染した状態のことです。HIVは免疫の中心的な役割を担っているヘルパーTリンパ球(CD4陽性細胞)を破壊し、免疫力を低下させます。
HIVによってCD4陽性細胞の減少が進むと、やがて健康な状態であれば感染症を起こさないような弱毒性の病原体に感染するようになり(日和見感染)、ニューモシスチス肺炎やトキソプラズマ脳症、カポジ肉腫といった23の指標疾患を発症するとAIDS(後天性免疫不全症候群)を発症したと診断されます。
HIVに感染してもすぐにAIDSを発症するわけではなく、感染後数年から10年程度は症状が出ない「無症候期」があります。かつては「AIDS=死」と考えられていましたが、抗HIV薬による治療が進歩した現在では、早期に発見し、適切な治療を行えば、AIDSを発症することなく普通の生活を送れるようになっています。
ガイドラインは「ゲンボイヤ」や「トリーメク」を推奨
現在、国内ではHIV感染症に対して30種類を超える薬剤が承認されており、3~4剤を組み合わせて使用する抗レトロウイルス療法(ART)が標準的な治療。ARTでは、HIVを抑える効果がより強力な薬剤を「キードラッグ」、それを補足してウイルス抑制効果を高める役割を持つ薬剤を「バックボーン」と呼びますが、一般的なのはインテグラーゼ阻害薬(INSTI)またはプロテアーゼ阻害薬(PI)をキードラッグとし、バックボーンとしてヌクレオシド/ヌクレオチド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)2剤を併用する組み合わせが一般的です。
厚生労働省研究班による「抗HIV治療ガイドライン」(2018年3月発行)では、初回治療として選択すべき抗HIV薬の組み合わせとして、
▽INSTIエルビテグラビル/NRTIエムトリシタビン/同テノホビルアラフェナミド/薬物動態学的増強因子コビシスタット(ギリアド・サイエンシズの「ゲンボイヤ配合錠」)
▽INSTIドルテグラビル/NTRIアバカビル/同ラミブジン(ヴィーブヘルスケアの「トリーメク配合錠」)
などを推奨しています。
薬剤そのものの進化や配合剤の登場により、服用の回数や錠数は少なくなっていますが、今の抗HIV薬でウイルスを体内から完全になくすには数十年かかかると言われており、患者は生涯にわたって治療を続けなければなりません。このため、より安全で飲みやすい薬剤へのニーズは、アンメット・メディカル・ニーズとして残されています。
ヴィーブ 4週1回の注射でウイルス抑制を維持
こうしたニーズに対応するため、最近も新たな抗HIV薬の配合剤が次々と開発されています。
ヴィーブヘルスケアは昨年12月、INSTIドルテグラビルと非ヌクレオシド/ヌクレオチド系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)リルピビリンを組み合わせた国内初の2剤レジメン「ジャルカ配合錠」を発売。NRTIを含まないことで、副作用発現のリスク軽減が期待されています。ギリアド・サイエンシズも昨年12月、新規INSTIビクテグラビルを含む3剤配合剤を申請しました。従来薬より安全性が高いのが特徴とされ、ギリアドは年内の発売を見込んでいます。
ヤンセンファーマは今年2月に、プロテアーゼ阻害薬ダルナビルとコビシスタット、エムトリシタビン、テノホビルアラフェナミドの4剤配合剤を申請しました。キードラッグとしてプロテアーゼ阻害薬を含む配合剤は国内初。この組み合わせはこれまで1日1回2錠の服薬が必要でしたが、4剤配合剤が承認されれば1日1回1錠で済むようになります。
さらに、患者を毎日の服薬から解放する薬剤として開発が進められているのが、長時間作用型の抗HIV薬です。
英ヴィーブヘルスケアは米ヤンセンと共同で、新規のINSTIカボテグラビルと非ヌクレオシド/ヌクレオチド系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)リルピビリンを組み合わせた長時間作用型の注射剤(筋注)を開発中。今年3月に学会発表された2つの臨床第3相(P3)試験の結果によると、長時間作用型注射剤は連日投与の経口3剤レジメンと同等のウイルス抑制維持効果を示しました。
ヴィーブはこのP3試験の結果に基づいて今年中に各国で申請する予定で、さらに2カ月に1回の投与を評価する臨床試験も行う予定です。
ギリアドのカプシード阻害薬 12週目まで血中濃度維持
米ギリアド・サイエンシズは、カプシード阻害薬と呼ばれる新規作用機序の抗HIV薬「GS-6207」(皮下注)の開発を進めています。健常人を対象に行ったP1試験では、4用量のうち最も低い用量を除く3用量で、薬効が期待できる血中濃度を投与12週目まで維持しました。
GS-6207は新規作用機序のため、既存薬で効果が十分に得られなかった患者に対する新たな選択肢としても期待されています。ギリアドは▽維持療法での切り替え▽既存薬で効果不十分――の2つの患者層を対象に開発を進める方針です。
ヴィーブがP3試験で行った治療満足度アンケートでは、9割前後の患者が「経口療法よりも長時間作用型注射薬が好ましい」と答えたといいます。長時間作用型の薬剤は、承認されればHIV感染症患者の生活を変える治療選択肢として急速に普及するかもしれません。
(前田雄樹)