近年、急速に盛り上がりを見せる創薬へのAI(人工知能)の活用。ディー・エヌ・エー(DeNA)が、塩野義製薬、旭化成ファーマの2社と組み、AI創薬の実現可能性を技術的に検証する共同研究に乗り出しました。
DeNAによると、製薬企業から化合物データの提供を受けるという共同研究の枠組みは、AI創薬では世界でも例がありません。「化合物の最適化にかかる時間とコストの半減を目指す」という同社が描くAI創薬の展望とは。ヘルスケア事業部ビジネスディベロップメントディレクターの佐野毅氏に話を聞きました。
(聞き手・前田雄樹)
製薬企業から化合物データ 世界でも例のない共同研究
――まず、DeNAのAIに対するこれまでの取り組みについて教えてください。
DeNAとしての取り組みは2009年からです。この年、協調フィルタリングという手法をゲームのレコメンドに実装し、2012年にはベイジアンという手法を同様にレコメンドに実装しました。
2016年からは、いわゆるディープラーニング(深層学習)の領域で実装化をしています。
例えば、DeNAは「マンガボックス」というサービスを行っていますが、ここでは表紙の絵柄からユーザーがよく読む作品の画風と似たものを自動で選び出し、レコメンドすることを可能にしました。「Mobage」(モバゲー)では、AIを使ったチャットボットを開発。社内向けでは、遺伝的アルゴリズムと強化学習の技術を使い、AIにプレイさせることでゲームの開発を支援するツールを使っています。
――そうした中で、創薬へのAI活用も早い段階から検討していたのですか?
実は、2016年の5月ごろ、ある製薬企業の研究戦略を担当している方からメールをいただきました。「人の勘と経験でやっていた創薬にAIを使いたい」と。その時はDeNAと、ということではありませんでしたが、DeNAも含めてどこかいいところはないかという話があって、ビジネスモデルなどを模索してきました。
DeNAのヘルスケア事業部は遺伝子検査サービスなどを展開していますが、毎月1回、倫理審査委員会を開いており、事業全体も見てもらっています。さらにエビデンスを尊重する姿勢も重視していますし、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)というISOの認証も取得しています。
生命倫理とエビデンスの尊重、そして厳格な情報セキュリティ、3拍子揃っているIT企業は日本にはなかなかないのではないでしょうか。こうしたことは製薬企業も大事にしているところ。生命科学を扱う上でやるべきことをきちんとやっているということで、製薬企業から声がかかり、最終的には今回のディールにつながったと思っています。
海外のIT創薬大手をしのぐ存在になりたい
――AI創薬の事業化を検討するにあたってハードルとなったことはありましたか?
ハードルということではないのですが、今回のように製薬企業から化合物データの提供を受けてAI創薬の共同研究をやるというのは、世界で初めてなんですね。
AI創薬の開発をやる上では、いくつかポイントがあるんですが、1つはデータの量と質。もう1つはビジネスモデルです。
今のAI創薬の開発は、ほとんどが公的なデータを使ってやっていると思いますが、今回、我々はプライベートな製薬企業の化合物データを使います。企業に眠っている宝をお預かりして、そこからアルゴリズムを作っていく。
ビジネスモデルとしては、創薬のプロセスの中でどこを狙っていくかということで、ディープラーニングを最も生かせるのはどこか、顧客となる製薬企業への貢献度が一番高いところはどこかと考えたところ、化合物最適化のところが一番ふさわしいのではないかということで、そこにフォーカスしていきます。
ビジネスモデルのことでもう1つあるのは、我々はグローバル市場を目指しています。シュレーディンガーというIT創薬で世界的に最も大きな会社がありますが、そこをしのぐような存在になりたい。そのために商社である住商ファーマインターナショナルと手組みをしました。
人材もポイントになります。先ほど「モバゲー」へのAIの実装例をお話しましたが、これを作ったのは実は我々のメンバーです。自然言語処理というのは非常に難しいんですが、彼はバイエル薬品のオープンイノベーションプログラム「Grants4Apps Tokyo」(※)で大賞を受賞しました。それからIPAB(NPO法人並列生物情報処理イニシアチブ)のIT創薬コンテストで4回連続優勝している人物もジョインしてくれました。優秀な人材がいるというのは、我々の強みです。
化合物最適化に特化 コストと時間を半減
――今回、塩野義製薬と旭化成ファーマと組んで始めた共同研究では、どういうことをやっていくのでしょうか。
そこは今回の取り組みの肝なので、何をやるかは秘密にさせてください。
ただ、AI技術自体の開発がすごく重要であることは間違いありません。AIと一言で言っても、何をやるかによって使う技術はいろいろあります。そういう要素技術を開発していくことがDeNAの役割です。
――DeNAがAI創薬で化合物の最適化をターゲットに据えたのはなぜでしょうか。
創薬のプロセスの中で最もお金がかかり、財務的なインパクトが大きいからです。一方で、最適化の段階で製薬企業ははじめて特許を取りますが、その売り買いがM&Aやライセンスの許諾になるわけで、そういう意味では、お金を生むところでもあります。
最適化はお金もかかるし、成長の源泉ともなるところです。ここを安くできないかという要望の中で、AIが使えるのではないかと考えました。
もう1つ、これまでリード化合物を見つけるところまではいったけど、最適化できなくて薬にならなかった化合物っていっぱいあるんですね。それが、AIを使えば薬になるかもしれない。埋もれていたターゲットに対して新しい薬ができるかもしれない。
最適化にAIを活用することは、今あるプロセスのコスト削減ということでだけではありません。新たな価値を生み出していくことにもつながると考えています。
最適化の「サイクル」を減らす
――そもそも最適化にお金がかかるのはどうしてでしょうか。
最適化のプロセスを通過するためには、1プロジェクトあたり平均して4263個の化合物が必要です。今は、これだけの数の化合物を作り、その一つ一つについて毒性や代謝安定性など十数に及ぶ項目を調べています。化合物を設計し、合成し、測定し、ダメだったらまた設計から、ということを繰り返すんですね。
製薬会社はこれを「サイクル」と呼びますが、このサイクル数を減らせば、合成する化合物の数も少なくできるし、それがコスト削減と時間短縮につながる。要するに「当たり」が早く出てくるようになります。こうしたことをAIを使って実現したいと考えています。
――最適化にかかるコストと時間は、AIによってどれくらい減らせるものなのでしょうか。
ざっくり言うと半減させたい。共同研究は今年の10月末までです。来年4月くらいには成果が出てくると思います。
2020年ごろには初期のプロトタイプを出したい
――最適化以外の創薬のプロセスにDeNAのAIの活用を広げていくことは考えていますか。
ほかにもAIを活用できることはたくさんあると思いますが、DeNAとしては最適化に絞ってやっていきます。公表されている限りでは、最適化のところをやろうとしている企業はDeNA以外にありません。
これは私見ですが、AIもコモディティ化されて誰もが使っていくものもあれば、あるところに特化していくものもあって、コモディティ化するところにあえて我々が入っていく必要はないのかなと思います。
AI創薬もコモデティティ化していくところがあると思います。汎用ソフトみたいなものが出てきて、読み込ませれば誰でもできる、みたいなものが。でも、そこでは差異化できない。AI技術はどんどん進歩しています。その中でも先頭を切っていける、生き残っていけるところしか考えていません。
――AI創薬をビジネスにしていく上で、課題となるところはありますか。
課題ということではありませんが、引き続き、製薬企業が持つ化合物のデータをどれだけ読み込ませられるかということはあります。もう1つは要素技術の開発。我々がやろうとしていることは、まだ世界的にも確立されてないところです。先ほどお話した通り、DeNAには優秀な人材がいますので、それを手探りでやっていきます。
課題というか、それを承知でやっていますので、我々が乗り越えていくつもりでやっています。
――AI創薬でライバルとなる会社はありますか?
今のところはないですね。製薬企業の化合物データを扱うのも世界で初めてですし、最適化に特化してやるところもほかにないですから。
――今後の事業展開はどうお考えですか。
どういうサービス形態になるかはこれからです。利用料モデルみたいなものもありますし、我々が製薬企業に代わってオペレートするとか、やり方はいろいろあると思います。
――厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」が昨年6月にまとめた報告書では、2020年ごろにはAIを活用した医薬品開発が一般的に行われるようになる、との見通しが示されています。そうなっていくとお考えですか。
どこをやるかにもよりますが、実現するのではないでしょうか。我々も初期のプロトタイプはそれくらいの時期には出したいと思っています。
※Grants4Apps Tokyo…バイエル薬品が行っているデジタルヘルス分野のオープンイノベーションプロジェクト。日本では2016年から開始。治験結果や安全性情報を分析するための用語統一作業「メディカル・コーディング」の自動化を目的に、AIやアナリティクス(分析手法)を活用して日本語の医療用語を分析する予測モデルを募集した第3回のコンテスト(昨年)で、DeNAの藤川和樹さんが大賞を受賞した。