米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回取り上げるのは、米国のC型肝炎治療薬市場。8月に発売されたアッヴィのマヴィレットは、競合の半値という低価格を打ち出しました。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
マヴィレット 定価を競合の半値に設定
2017年8月3日、米FDA(食品医薬品局)は、ジェノタイプ1~6型のC型肝炎の治療薬として、NS3/4Aプロテアーゼ阻害薬グレカプレビルとNS5A阻害薬ピブレンタスビルの配合剤「マヴィレット」を承認した。
驚くことにアッヴィは、マヴィレットの価格(8週間投与)をわずか2万6400ドルに設定することを決めた。米国では、米ギリアドの「ソバルディ」が8万4000ドル、「ハーボニー」が9万4500ドル(いずれも12週間投与)で発売されて以来、保険者や患者支援グループはより低コストのC型肝炎治療を求めてきた。
マヴィレットの低下は、米メルクの「Zepatier」(日本製品名・グラジナ/エレルサ、12週間投与)など確立されたレジメンの定価より52%、ハーボニーの定価(8週間投与)に比べても57%安い。ただし、直接作用型抗ウイルス薬(DAA)の定価は、保険者や薬剤給付管理業者(PBM)が交渉して決めた実際の支払い額よりもかなり高い場合が多く、大半の患者は定価の半額程度で治療を受けることが可能になっている。
それでも、アッヴィの価格設定が治療コストの引き下げを進める上で大きな一歩となるのは変わりない。マヴィレットの発売以前は、ハーボニーによる8週間の治療に適したジェノタイプ1型の患者など、限られた患者しか低価格な治療を受けることができなかった。
今回、アッヴィが打ち出した新たな薬価戦略は、コスト抑制を重視する保険者の姿勢を変えるかもしれない。それは結果的に、診断率や治療アクセスが向上し、慢性C型肝炎患者、ひいては広く社会にとって非常に有益な進歩となると考えられる。
公的保険市場にフォーカス
ただ、製薬企業にとっては、C型肝炎治療薬による収益が急速に低下する可能性もはらんでいる。
アッヴィの積極的な薬価戦略は、メルクの戦略を反映している。メルクのZepatierの参入は後発で、患者の大部分で耐性検査が必要なことから、同社は12週間投与の価格をハーボニーに対して58%安く設定。民間保険者とPBMがギリアドやアッヴィと結んだ非公表の値引き契約が継続していることを受け、メルクはまず公的保険市場に重点を置く戦略をとった。
アッヴィも、最近行われた2017年第2四半期の業績発表で「民間部分に関しては、大部分がトップ企業の独占契約下にある。したがって民間部分に関してはおそらく2018年半ばまでは十分な機会に恵まれない。(中略)当社の戦略の大部分を、まずは米国の公的チャネルに集中させる。公的チャネルの方が早く利用可能になるからだ」と述べ、公的チャネルを重視する方針を表明している。
価格競争力で高シェア獲得の可能性
今後の問題は、アッヴィが価格競争のゴングを鳴らしたことで、各社が公的保険市場と民間保険市場の両方で積極的に競争するようになるのかという点だ。
価格競争によってC型肝炎治療薬の売り上げは大きく減少する可能性があるが、保険者にとっては大幅なコスト削減となる。保険者はこれまで、患者の肝疾患の状態に応じて保険給付に制限を課したり、治療コストを先送りするため初期の患者を拒否したりといったことを続けてきた。
医師らは、保険者が課す制約によって治療を求める患者全員に十分な治療を行うことができないと訴え続けており、保険者による制約がなくなることを歓迎するだろう。Decision Resources Groupでは、米国の未治療のC型肝炎患者の大半は公的保険の対象と推定している。マヴィレットは特に、C型肝炎治療薬市場の中でも比較的開拓されていない、公的保険の対象となる患者集団で競争力を発揮するだろう。
米国のC型肝炎治療薬市場では、有効性の向上とコストの低下により、競争がますます激しくなっている。マヴィレットは良好な臨床プロファイルと価格競争力を武器に、2018年度以降、高い市場シェアを獲得することになりそうだ。競合するギリアドのEpclusaはマヴィレットより1年早く発売された点で有利だが、発売時に設定された定価は12週間投与で7万4760ドルと非常に高い。ギリアドは大幅な値引きをしていないので、マヴィレットはEpclusaに代わる選択肢として、米国内のジェノタイプ2型・3型の患者の多くを獲得する可能性が高いと言える。
主戦場のジェノタイプ1型は激戦
とはいえ、米国のC型肝炎治療薬市場で主戦場となるのは、ジェノタイプ1型の患者だ。12週間投与のZepatier、8週間投与のハーボニー、そして新たに承認された8週間投与のマヴィレットが使えるようになった。これら3種類のレジメンは、価格も横並びの競争市場がすでに形成されつつある。
ただ、マヴィレットは、ハーボニーの8週間投与のレジメンに設けられたウイルス量の制約や、Zepatierでジェノタイプ1a患者に設けられた耐性スクリーニング要件のように臨床上の制約がなく、医師らが選択肢として優れていると判断する可能性がある。
一方、ハーボニーは、薬剤の変更に積極的でない医師からも信頼を得て広く定着している。これは、低価格のZepatierが参入した後も市場シェアを維持したことにも表れている。ハーボニーが先行の利を生かして保険者と独占契約を結んでいることも、C型肝炎治療薬市場でハーボニーの支配が続いていることの要因だ。
低価格戦略 社会の要請に応えるもの
米国のC型肝炎治療薬市場は、価格の低下と患者数の減少により縮小している。しかし、競争の激化で全体的に価格が下がることで、保険給付上の制約も撤廃される可能性が高く、薬物治療率の上昇につながる可能性もある。ただ、患者数は減少しており、メーカーはじきに、未診断の患者を見つけて市場成長を維持することも難しくなるだろう。
このため、C型肝炎治療薬の市場はますます新規診断率に依存することになる。感染に気づいていないベビーブーム世代や、注射剤使用患者をスクリーニングして、治療につなげる件数を劇的に増やす必要に迫られることになる。
アッヴィは積極的な薬価戦略で、薬物治療が可能な患者集団を獲得できる限られた期間(この1~3年間)のうちに、最大の市場シェアを獲得することになるだろう。C型肝炎治療の経済的負担が下がることは、最終的に治療コストの低下を求める患者の利益となる。価格設定に対するこれまでの社会の反発を考えると、アッヴィの戦略は治療へのアクセス拡大を求める社会の要請に応えるものだし、今後アッヴィにとっても利益となる可能性がある。
(原文公開日:2017年8月28日)
【AnswersNews編集長の目】アッヴィのマヴィレットは日本でも今年9月に承認されました。11月に薬価収載され、発売となる見通しです。肝硬変を有さない、直接作用型抗ウイルス薬(DAA)未治療のジェノタイプ1型・2型の患者に対しては、国内初となる8週間投与での治療が可能に。ジェノタイプ3~6型の患者、代償性肝硬変を有する患者、DAAによる前治療で治癒しなかった患者などは12週間の投与となります。
インターフェロンと併用が必要ない、いわゆる“インターフェロンフリー”の新規C型肝炎治療薬の薬価は日本でも議論になりました。
ギリアドの「ソバルディ」は1錠6万1799円、「ハーボニー」は同8万171円という薬価がつき(いずれも発売時)、高額薬剤問題に火をつけました。予想を上回って売り上げが大きく拡大した医薬品の薬価を大幅に引き下げる特例拡大再算定の導入につながり、ソバルディとハーボニーは16年度の薬価改定で32%引き下げられました。
薬価の引き下げと、効果の高い新規薬剤で多くの患者が治癒したことを背景に、国内のC型肝炎治療薬市場は縮小に向かっています。厚生労働省の「医療費の動向」調査によると、C型肝炎治療薬を含む「抗ウイルス薬」の薬剤料は、15年度の4139億円から16年度は2706億円と35%減少しました。
国内初となる8週投与のマヴィレットは、縮小する市場にどんなインパクトを与えるのでしょうか。 |
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。Decision Resources Group は主要7ヶ国の今後10年のC型肝炎治療薬市場予測レポート(Disease Landscape & Forecast : Hepatitis C Virus)を発行しています。レポートに関するお問い合わせはこちら。