C型肝炎治療薬「ソバルディ」「ハーボニー」や免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」を機に社会的にも関心を集めた薬価と薬剤費の問題。1月のOECD保健大臣会合でも重要議題に上がっており、いまや世界共通の課題です。
日本では薬価制度の抜本改革に向けた議論が進んでいますが、諸外国も薬剤費の抑制に知恵を絞っています。
膨張する薬剤費 世界の課題
非常に効果的ではあるが、かなり高額な次世代の薬剤の一部は、治療のパラダイムをシフトさせるものの、財政と医療制度に大きな影響をもたらす――。
今年1月にフランス・パリで開かれた経済協力開発機構(OECD)保健大臣会合は、医薬品の価格が重要議題の1つに上る異例の会合となりました。採択された閣僚声明では「技術革新が新たな課題を突き付けている」と指摘。高額な薬剤が財政に与えるインパクトの大きさに懸念を示しました。
日本でも今年2月、小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」の薬価が緊急的に半額に引き下げられました。高額薬剤をめぐる問題は薬価制度のあり方全体に波及し、薬価の毎年改定を柱とする制度の抜本改革に向けた議論が進んでいます。昨年の米大統領選でも薬価が争点の1つとなり、ドナルド・トランプ大統領は就任後も繰り返し薬価の引き下げに言及しています。
高額化する薬価と、それに伴って膨張する薬剤費は、いまや世界共通の課題です。
疾患で償還率変化 効果や使用量で価格変動も
日本では薬価制度の見直しがクローズアップされていますが、各国も薬剤費抑制にあれこれ知恵を絞っています。
今年半ばの「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)2017」の閣議決定に向けて本格的な議論が始まった経済財政諮問会議・社会保障ワーキンググループは4月11日、薬価制度と薬剤の適正使用などをテーマに会合を開きました。会合では事務局の内閣府が▽薬剤費の伸びは高額な薬剤によるところが大きい▽新たに薬価収載される医薬品の薬価は高額化する傾向にある――といった分析結果を提示。あわせて、諸外国が導入している薬剤費抑制策を紹介しました。
会合は非公開のため内閣府からどのような説明があったかは定かではありません。ただ、公開された資料によると、各国が導入している薬剤費抑制策は、その仕組みによっていくつかの種類に分けられます。
まず1つ目は、保険償還や価格に介入する仕組みです。
治療効果や経済性の観点から公的保険が使える医薬品を制限する「ポジティブリスト」は英国や韓国、オーストラリアなどが導入。フランスには、疾患や重篤性やほかの治療法と比べた場合の有効性などによって償還割合(公的保険から支払われる割合)を変える仕組みがあります。高額薬剤を対象に、効果や使用量に応じて価格や負担を変更する「リスクシェアリング」は、イタリアや韓国などで導入されています。
もう1つは、企業の利益に介入する仕組みです。
英国は、製薬企業の利益率に閾値を設け、それを超えた場合には薬価の引き下げや公的保険への返金を求める仕組みを取り入れています。医薬品の出荷価格の一部を公的保険に返金する制度はドイツなどが導入。フランスは、予算制をとることで薬剤費の総額をコントロールしています。
医薬品の使用に介入する制度を導入している国もあります。
推奨医薬品リスト(フォーミュラリー)やガイドラインを通じて処方の適正化を図っているのは米国や英国など。ドイツやフランスは、公的保険から支払われる額に基準を設け、それを超えた場合には患者の自己負担とする「参照価格制度」を導入しています。
日本でも昨年4月に導入された費用対効果評価(医療技術評価)は英国をはじめ多くの国が採用。ハイリスクの慢性疾患患者らの重症化を予防することで高額薬剤の使用を防いでいる国もあります。
わき上がっては消える「参照価格」「OTC類似薬の保険外し」
こうした制度の中には、日本でも過去に導入が議論されたものもあります。
1つはドイツなどが導入している「参照価格制度」。1990年代後半に旧厚生省と与党で検討されたのが発端で、その後も政府や財政当局から提案がなされては、医師会や製薬業界の反対で実現には至らず、といったことが何度も繰り返されてきました。
政府の経済財政諮問会議が昨年末に決定した「改革工程表」には「参照価格制度」という言葉こそ出てこないものの、長期収載品と後発医薬品の差額の負担のあり方を検討し、今年半ばをめどに結論を出すと明記されました。
参照価格制度は基本的に、薬効などで医薬品をグループ分けし、それぞれに保険償還の基準額を定め、上回った分は患者の自己負担とする制度。最近財務省などが提案しているのはこれとは少し異なり、長期収載品に限った「日本版」の参照価格制度です。後発品の使用促進と絡めたもので、今後は「17年半ばに70%以上、18~20年度の早期に80%以上」とする使用目標の達成状況もにらみながら議論されることになります。
もう1つが、保険償還に対する制限です。財務省の財政制度等審議会などからは、OTC医薬品と類似した医薬品を保険給付の対象から外したり、自己負担の割合を引き上げたりといった提案が何度もなされてきました。実際、12年度には単なる栄養補給目的でのビタミン剤の処方が、14年度には治療目的ではないうがい薬のみの処方が、それぞれ保険給付の対象から外されました。財務省などはさらなる対象の拡大を主張しており、こちらも改革工程表に明記されています。
いずれも治療へのアクセスを制限し、保険給付の縮小につながるとして医師会などは強く反対しています。患者の負担も増えるため、国民的な理解を得られるかなど、課題もあります。
少子高齢化が進む日本では、医療費の適正化はいわば永遠の課題です。後発品の使用割合が増え、薬価制度の抜本改革が実現したとしても、薬剤費の抑制はどこまでもついて回るでしょう。議論に終わりはありません。