がんの専門医でつくる日本臨床腫瘍学会が7月13日、免疫チェックポイント阻害薬で治療を受ける患者向けに公表した文書が波紋を広げています。
その内容は「適切な医療機関・医師のもと、適切な投与量・投与方法で投与を受けてほしい」というもの。学会によると、海外から個人輸入した免疫チェックポイント阻害剤を、添付文書とは異なる用法・用量で適応外使用する例が見られ、副作用に対処できないなど大きな問題になっているといいます。
小野薬品工業によると、自由診療で行われているがん免疫治療と「オプジーボ」を併用した症例のうち、重篤な副作用が6例、死亡に至った例も1例報告されたといいます。免疫チェックポイント阻害薬の適応外使用は、どこで、どのように行われているのでしょうか。そして、そこにはどんなリスクがあるのでしょうか。
要件満たさない医療機関で投与「副作用に対処できず」
日本臨床腫瘍学会は7月13日、「免疫チェックポイント阻害薬などの治療を受ける患者さんへ」と題する文書を発表し、「オプジーボ」(ニボルマブ)や「ヤーボイ」(イピリムマブ)による治療を受ける(受けたい)患者に、定められた要件を満たした医療機関・医師のもとで、適切な投与量・投与方法で投与を受けるよう呼びかけました。
文書の中にはこうあります。
「施設要件、医師要件を満たさない施設・医師が、国内販売企業を通さず、海外から個人的に輸入した免疫チェックポイント阻害薬を添付文書とは異なる用法・用量で適応症以外の疾患に投与する事例が散見され、副作用に適切に対処できないなど、大きな問題となっています」
10%に重篤な副作用、使用施設・医師に厳しい要件
小野薬品工業の「オプジーボ」は、2014年9月に悪性黒色腫を対象に発売され、15年9月には非小細胞肺がんに適応が広がりました。一部の患者には劇的な効果をもたらす一方、重篤な副作用が起こることも知られています。学会によると、間質性肺炎や甲状腺機能異常、劇症1型糖尿病、自己免疫性腸炎、重症筋無力症などが投与患者の約10%に見られ、死亡例の報告もあります。
このため、メーカー側は「オプジーボ」を使える医療機関や施設に次のような要件を定め、要件を満たした医療機関に限って製品を納入しています。
今回、学会が問題視しているのは、こうした要件を満たさない施設や医師による「オプジーボ」の投与。要件を満たさない医療機関は当然、国内では薬剤を入手することができませんので、海外からの個人輸入に頼ることになります。NHKの報道によると、承認されていない大腸がんなどの患者に投与して副作用が起きたケースが複数確認され、「入院設備がないため副作用に対応できず、国立がん研究センターに救急搬送されてくるケースが起きている」といいます。
1回20mg!? 免疫治療との併用勧める“自由診療クリニック”
こうした適応外の治療は、どんな医療機関で行われているのでしょうか。NHKの報道によれば「医療機関のホームページなどで情報を得たがん患者が、自由診療の形で受けている」といいます。
ネット上にあふれる広告
「免疫チェックポイント阻害剤 がんの種類に関わらずご利用頂けます」
「免疫細胞療法+オプジーボ リスクを減らした最後の切り札!」
「免疫チェックポイント阻害剤オプジーボ腫瘍専門医が直接対応。著効例多数」
インターネットで「免疫チェックポイント阻害薬 自由診療」と検索すると、こんな文言とともにたくさんの医療機関の広告が表示されます。
そのうちの1つをクリックすると、飛んだ先はがんに対する「免疫治療」を自由診療で提供するあるクリニック。ホームページには、このクリニックが行っている、患者から採取したリンパ球を活性化し、増殖させて体内に戻す治療の宣伝文句が並び、免疫チェックポイント阻害薬との併用が「現時点のがん治療では最重要事項」とうたっています。
「オプジーボ」の投与を自由診療で受けられる医療機関のほとんどは、こうした自由診療で免疫療法を行っているクリニックとみられます。多くは独自の免疫療法との組み合わせを推奨していますが、特徴的なのは「オプジーボ」や「ヤーボイ」の投与量。先に挙げたクリニックの料金表を見ると
「オプジーボ」1回20mg 21万円 |
とあります。「オプジーボ」の承認用量は体重1kgあたり3mgで、体重60kgの人には180mgを投与する計算。このクリニック以外にも添付文書で定められた用量を下回る投与量を設定しているクリニックが複数あり、自由診療の場では承認用量と大きくかけ離れた用法・用量による投与が広く行われていることが伺えます。
広告塔にされてはいないか
自由診療で行われているということからも分かる通り、がんに対する免疫治療は臨床試験で有効性や安全性が確立されていない一方、費用は全額自己負担のため高額です。「オプジーボ」「免疫チェックポイント阻害薬」と広告を打ち、自院の免疫治療との併用を宣伝しているのを見ると、「オプジーボ」が自由診療クリニックの広告塔に使われている気がしてなりません。
投与量を少なく設定しているのも、添付文書通りの用量ではあまりに高額で患者が集まらないからでしょうか。注目されている「オプジーボ」の効果は、承認用量で行われた臨床試験の結果に基づくものです。免疫治療と併用するとはいえ、少量の投与に科学的根拠がないのは言うまでもありません。
個人輸入、代行業者が存在
こうしたクリニックは、当然、定められた施設や医師の要件を満たしていませんので、国内の正規の販売元である製薬企業から「オプジーボ」を入手することはできません。今回、学会が指摘している通り、こうしたクリニックは海外からの個人輸入で薬剤を調達しているとみられます。
医薬品の個人輸入自体は、一般の人が自分自身で使用したり、医師が治療に使ったりする場合に限り認められています。ドラッグ・ラグが社会問題化したときには、個人輸入で調達した抗がん剤で治療を受ける患者の姿がメディアでも取り上げられました。
医薬品の個人輸入を代行する業者もあり、「オプジーボ」を取り扱っている業者も複数あります。ある業者のホームページによると、販売価格は40mg1瓶が17万8000円、100mg1瓶が38万円と日本の薬価よりも安く設定。製造元には「BMS」、製造国には「ドイツ」、出荷国には「スイス」とあり、納期は「3週間~」と記載されています。
適応外使用には多くのリスクが
「オプジーボ」は現在、悪性黒色腫と非小細胞肺がんの適応で承認され、腎細胞がんとホジキンリンパ腫の適応で申請中。このほか、頭頸部がんや胃がん、食道がんなど、さまざまながんを対象とした臨床試験が進んでいます。画期的新薬として注目を集めるだけに、わらにもすがる思いで適応外使用できる自由診療のクリニックを頼る患者の気持ちも理解できないわけではありません。
しかし、適応外使用にはたくさんのリスクがあることは認識しておくべきです。
「万が一、副作用が発現した場合、当院では治療できません。紹介状を作成の上、他院へ紹介し、治療という形になります。以上の事項をすべてご同意・ご承認いただいた方のみの治療となりますので、予めご了承ください」
あるクリニックのホームページには、日本臨床腫瘍学会が注意喚起を始めた後、こんな文言が書き加えられました。
「オプジーボ」で重篤は副作用が発現する頻度は“万が一”というほど低いものではありませんし、適切に対応しなければ命に関わる副作用もあります。添付文書の記載を無視し、副作用が出たら他の医療機関に、というのではあまりに無責任ではないでしょうか。
免疫治療との併用で重篤な副作用6例、1例は死亡
日本臨床腫瘍学会の声明を受けて、販売元の小野薬品工業も「適応外使用、がん免疫療法との併用について安全性および有効性は確立していません」との注意喚起を始めました。7月1日時点で免疫療法と併用した6例で重篤な副作用が報告され、死亡例も1例報告されています。今回の死亡例では「オプジーボ」自体は適正に投与されていたようですが、患者はほかの病院で自由診療による免疫治療を受けていたといいます。
医薬品の個人輸入も、それを使った適応外使用も、自由診療のもとであれば止めることができないのが現状です。不適切な投与で被害を受ける人をなくすためにも、また、新薬が適切に評価され、届くべく人に届くようにするためにも、何らかのルール作りが必要ではないでしょうか。