違法行為による不当な収益を取り上げる課徴金制度の導入を――。ここ数年、不祥事が相次いでいる製薬業界。厚生労働省が、医薬品医療機器等法(薬機法)に違反した製薬企業に対する行政処分を大幅に見直す方向で検討を始めました。法令違反への抑止力としたい考えで、来年の通常国会で予定される薬機法改正の焦点となりそうです。
不当な収益を取り上げる
厚生労働省は6月7日の厚生科学審議会・医薬品医療機器制度部会で、薬機法違反に対する行政処分の見直しに向けた議論を始めました。厚労省は、来年の通常国会への改正案提出を目指しています。
厚労省がこの日の部会に製薬企業のガバナンス強化策として示したのが
▼三役(総括製造販売責任者、品質保証責任者、安全管理責任者)の要件・責任の明確化
▼行政措置の見直し
の2点。行政措置の見直しでは、法令違反を犯した製薬企業の役員個人に対する責任追及や、法令違反によって得た不当な経済的利得を徴収する仕組みを検討の課題に挙げました。行政処分として不当に得た収益を取り上げる仕組みは「課徴金」と呼ばれ、刑事罰としての罰金とは別。景品表示法や独占禁止法、金融商品取引法などで導入されています。
薬機法違反は罰金200万 制裁効果に疑問
厚労省が課徴金制度の導入で念頭に置くのが、ノバルティスファーマによるいわゆる「ディオバン事件」のようなケースです。臨床試験でデータ改ざんが行われ、その論文がディオバンの販売促進に使われたこの事件では、同社の元社員が薬機法66条(虚偽・誇大広告の禁止)違反に問われました(2017年3月に東京地裁で無罪判決。現在東京高裁で控訴審中)。
虚偽・誇大広告での罰金は個人・法人ともに最高200万円。一方、ディオバンはピーク時に国内で年間1000億円以上を売り上げました。医薬品の売り上げ規模に比べて罰金があまりに小さく、「結果として逃げ得」など制裁としての効果を疑問視する指摘が国会でも上がっていました。
誇大広告に不正製造…相次ぐ不祥事
薬機法改正で課徴金制度導入を含むガバナンス強化が論点として浮上した背景には、ここ数年、製薬業界で相次ぐ不祥事が背景にあります。
2015年にはARB「ブロプレス」の販促資材が誇大広告にあたるとして武田薬品工業が業務改善命令を受け、社員が関与した臨床研究に絡む副作用報告の遅延でノバルティスファーマが15日間の業務停止処分に。翌16年には、承認書と異なる方法で血液製剤を製造していた化学及血清療法研究所(化血研)が、過去最長となる110日間の業務停止命令を受けました。
課徴金制度の検討では、ディオバン事件のような虚偽・誇大広告以外の法令違反への対応も課題となります。化血研の問題では、業務停止の期間中も代替品のない製品については販売が続けられました。こうした場合、業務停止命令のペナルティとしての意味は薄れます。6月7日の部会でも、こうした事例に金銭的な制裁を課すことを求める意見が上がりました。
欧米では不当利得の徴収が可能
厚労省によると、欧米では薬事関連の法令違反についても不当な経済的利得を是正する措置が行われています。米国では、刑事罰としての罰金に違法行為による収益の徴収を含めることが可能。EU(欧州連合)では、行政罰としての制裁金に不当利得の徴収を含めることができます。
ただ、違法行為による収益を確定させるのは難しいのが実情です。ディオバンについては、過去に中医協でも薬価上のペナルティが検討されましたが、データ改ざんが行われた論文の発表後も売り上げに大きな変化はなく、具体的な対応は見送られた経緯があります。16年に課徴金制度を導入した景品表示法では、課徴金額を該当する製品やサービスの売上高の3%としており、部会でも同様の仕組みを提案する意見が出ました。
役員の責任は
行政処分の見直しでは、課徴金制度とともに、不正行為を行った企業の役員に対する責任追及も論点に上がっています。
現行法では、現場の業務を管理する管理者・責任者については、厚労省や都道府県が変更を命令することができる反面、その管理者・責任者を監督する立場にある企業の役員の責任を直接問う規定は存在しません。厚労省によると、米国では法令違反を行った役員個人に対して、行政処分として民事制裁金を課すことができるといいます。
人の生命や健康に深く関わる製薬産業は、社会からの信頼が欠かせません。罰則としてではなく、法令違反の抑止力となる行政処分が求められています。