中外製薬が開発した血友病A治療薬の二重特異性抗体「ヘムライブラ」が先月、日本でも発売されました。高い効果で治療を大きく変えると期待され、ピーク時の売上高は世界で2000億円を超えるとみられているこの薬。血友病治療薬が主力のアイルランド・シャイアーを買収する武田薬品工業の今後にも大きな影響を及ぼしそうです。
2000億円規模の世界売上高を期待
「血友病はこれまで参入したことのない領域だが、ヘムライブラはまさに、中外の技術ドリブンでの創薬アプローチを象徴する薬剤。新規作用機序を持つファースト・イン・クラスの薬剤で、患者や家族、医療従事者に新しい価値を提供できると期待している」
中外製薬の小坂達朗社長は6月1日、東京都内で開いた血友病A治療薬「ヘムライブラ」(一般名・エミシズマブ)の説明会で、自信たっぷりにこう話しました。
ヘムライブラは中外が創製した血友病A治療薬。血友病治療薬としては世界初の抗体医薬です。日本では3月に承認を取得し、5月22日に販売を開始しました。米国でも昨年11月、欧州でも今年2月に承認を取得。中外はピーク時に世界で2000億円規模の売上高を期待しています。
血友病は、血液を固める血液凝固因子の一部が生まれつき不足していたり、働きが悪かったりすることで、出血すると血が止まりにくくなる疾患。ヘムライブラが対象とする血友病Aは、12個ある血液凝固因子のうち、8番目の因子(血液凝固第VIII因子)の不足が原因です。
血友病は、関節内出血を中心に、頭蓋内や腹腔内、頸部など、体のさまざまな部位で出血を起こすのが特徴です。特に関節内出血は、繰り返すと骨の内側の膜が炎症を起こし、関節が変形する血友病性関節症になってしまうこともあります。
「患者の生活を劇的に変える」
説明会で臨床医の立場から講演した奈良県立医大小児科学教室の嶋緑倫教授は、「出血に苦しんできた患者の生活を劇的に変える夢のような薬剤だ」とヘムライブラへの強い期待を示しました。
現在の血友病治療は、足りない血液凝固因子を血液製剤の投与で定期的に補充する「定期補充療法」が中心。血友病Aの場合、血液凝固第VIII因子製剤が使われます。定期補充療法の普及で出血はかなり抑えられるようになったものの、週に2~3回静脈注射で投与する必要がある上、インヒビター(中和抗体、投与された血液凝固因子を異物と認識することで産生される抗体)が発生すると効果が得られなくなどの課題がありました。
患者負担軽減 高い出血抑制効果
ヘムライブラは、こうした既存治療が抱えるアンメットメディカルニーズを解決する画期的な薬剤として期待されています。投与は週1回の皮下注射で済み、患者の負担は大幅に軽減される上、インヒビターを保有する患者にも高い出血抑制効果を発揮します。
ヘムライブラは、抗体の左右の腕が別々の抗原を認識する二重特異性抗体。片方の腕で活性型第IX因子に、もう片方の腕で第X因子に結合し、不足している第VIII因子の機能を代替することで、その先の血液凝固反応を促進すると考えられています。
中外は創薬の過程で4万もの抗体を試作し、発想から10年かけてヘムライブラを創製したといいます。現在、承認されているのは、インヒビター保有患者に対する週1回の投与ですが、インヒビター非保有患者への適応拡大や、4週1回投与での開発も進んでいます。
既存治療にどこまで取って代わるのか
一方、ヘムライブラの動向に大きな影響を受けるのが、武田薬品工業が約6.8兆円で買収するアイルランド・シャイアーです。
血友病Aの治療では現在、「アディノベイト」などシャイアーの血液凝固第VIII因子製剤が広く使われています。シャイアーの2017年の売上高は151.61億ドル(1兆6980億円)ですが、このうち37.86億ドル(25%)が同剤など血友病治療薬。主力の血友病治療薬がヘムライブラにどれだけ取って代わられるかが、武田によるシャイアー買収の命運を左右する大きな要素になります。
嶋教授は「インヒビターのある患者は多くがヘムライブラになる。インヒビターがない患者でも、5年くらいたつと国内では4割くらいはヘムライブラに切り替わるのではないか」と話します。欧米では遺伝子治療の開発も行われており、見通しを立てるには難しい面もありますが、いずれにしても中外がシャイアーの強力なライバルとなることは間違いありません。
武田はシャイアー買収の目的の1つに収益性の向上を掲げています。シャイアーの純利益率28.2%と業界屈指の高収益を誇りますが、今後もそれを維持できる保証はありません。ヘムライブラの登場で、シャイアーの成長鈍化を懸念する声も出ています。
「血友病治療にパラダイムシフトを起こす」(嶋教授)画期的な新薬は、日本企業として過去最大の買収に打って出る武田の目論見をも打ち砕くのか。注目が集まります。