親から子へと受け継がれた特定の遺伝子変異が要因となって発症する遺伝性の乳がん・卵巣がん。米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが予防的に乳房と卵巣を切除したことでも話題となりましたが、その治療に光が射し込もうとしています。
アストラゼネカは今年、遺伝性乳がん・卵巣がんを対象にPARP阻害薬オラパリブを日本で承認申請。遺伝性がんを対象とした治療薬は国内初で、卵巣がんは2018年前半、乳がんは同後半に承認される見通しです。
卵巣がんは来年前半・乳がんは同後半に承認の見通し
英アストラゼネカは10月23日、PARP阻害薬オラパリブ(一般名)について「BRCA遺伝子変異陽性の手術不能または再発乳がん」を対象に日本で承認申請を行ったと発表しました。
オラパリブは今年すでに、BRCA遺伝子変異陽性の卵巣がんでも申請済み。順調にいけば、卵巣がんは2018年前半、乳がんは同年後半にも承認される見通しです。欧米では14年、「Lynparza」の製品名でBRCA遺伝子変異陽性卵巣がんを対象に、世界初のPARP阻害薬として承認を取得。乳がんの適応でも審査が進んでいます。
BRCA遺伝子変異陽性卵巣がんを対象に行われた臨床第3相(P3)試験「SOLO-2」では、オラパリブはプラセボに比べて無増悪生存期間(PFS)を有意に延長(オラパリブ群19.1カ月、プラセボ群5.5カ月)。病勢進行または死亡のリスクを70%低減しました。
BRCA遺伝子変異陽性乳がんを対象に行ったP3試験「OlympiAD」でも、オラパリブは化学療法(カペシタビン、ビノレルビン、エリブリン)に比べて病勢進行または死亡のリスクを42%低減。PFSの中央値はオラパリブ群が7.0カ月、化学療法群が4.2カ月でした。
がん抑制遺伝子に変異 発症リスク高く
遺伝性乳がん・卵巣がんは「HBOC」(Hereditary Brest and Ovarian Cancer)とも呼ばれ、「BRCA1」「BRCA2」というがん抑制遺伝子が生まれつき変異していることで発症。BRCA1/2遺伝子の変異は、親から子へと性別に関係なく50%の確率で受け継がれるとされ、HBOC患者は乳がん・卵巣がん患者全体の5~10%程度を占めるとされています。
BRCA1/2遺伝子は、性別に関係なく誰もが両親から1つずつ受け継ぎます。DNAの損傷を修復するタンパク質を合成する機能を持っており、損傷した異常なDNAが蓄積するのを防ぐことで細胞のがん化を抑制する働きをしています。
発症リスクは数倍から数十倍
一般の人の場合、片方が変異して機能しなくなっても、もう片方が機能を果たすので細胞のがん化を抑制することが可能です。しかし、HBOC患者の場合は、生まれつき1つの遺伝子に変異があるため、もう片方が変異すると、がんを抑制することができなくなってしまいます。
このため、BRCA遺伝子変異のある人は、一般の人に比べて乳がんや卵巣がんを発症するリスクが高くなります。NCCN(全米がん総合ネットワーク)のガイドラインによると、BRCA1/2遺伝子変異のある人の乳がんの発症リスクは41~90%(一般の人は9%)、卵巣がんは8~62%(同1%)。さらに、
▽若年で発症する
▽両方の乳房にがんを発症する
▽乳がんと卵巣がんの両方を発症する
▽治療法が限られ予後も不良なトリプルネガティブ乳がん(エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陰性)を発症する
といった特徴が見られるといいます。
がん細胞のDND修復を阻害→細胞死に
遺伝性乳がん・卵巣がんに対する初めての治療薬として承認申請されたオラパリブは、DNAの修復を助けるポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)という酵素の働きを阻害する薬剤です。
BRCA1/2遺伝子の変異でがん化した細胞でPARPの働きが阻害されると、がん細胞内で損傷したDNAを修復できず、がん細胞死を引き起こすと考えられています。
武田がniraparibを導入
PARP阻害薬はオラパリブ以外にも開発が進められており、米国では米Clovis Oncology社が開発したrucaparib(製品名・Rubraca)が16年にBRCA遺伝子変異陽性の卵巣がんを対象に承認を取得。米TESARO社のniraparib(同・ZEJULA)も卵巣がんの適応で17年4月から販売されており、日本では今年7月、武田薬品工業がniraparibの独占的開発・販売権を取得するライセンス契約を結びました。
BRCA遺伝子変異は前立腺がんや膵臓がんにも関与しているとされ、オラパリブはこれらのがんを対象とした開発も進行中です。
家族のケアも課題に
オラパリブが承認されれば、遺伝性乳がんや卵巣がんの患者にとっては朗報です。ただし、投与前の検査で患者本人がBRCA遺伝子変異陽性であることがわかった場合、同時に家族もがん発症のリスクに直面することになります。がんのリスクが高いことを知らされるショックは計り知れません。
米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは、母や祖母を乳がんや卵巣がんで亡くしたことをきっかけに、自ら検査を受けてBRCA1遺伝子の変異が見つかったと伝えられています。ジョリーさんは乳房と卵巣を予防的に切除し、世界的に話題を呼びました。
がんのリスクが事前にわかれば、ジョリーさんのように予防策をとることも可能になりますが、手術には重い決断が伴います。患者や家族を心理的・社会的にサポートする「遺伝カウンセリング」の役割が重要になりますが、それを担う認定遺伝カウンセラーは全国で205人(16年12月現在、認定遺伝カウンセラー制度委員会)にとどまり、カウンセリング体制が整っている病院も多くはありません。
日本では現在、BRCA遺伝子の変異を調べる検査や遺伝カウンセリングは保険適用外。20~30万円かかる費用を全額自己負担しなければなりません。予防的な手術にも保険が適用されず、遺伝性乳がん・卵巣がんと事前にわかっても、とれる対策が限られているのが実情です。
遺伝性がんは、乳がんや卵巣がんだけではなく、大腸がんなどになりやすい「リンチ症候群」などがあり、今後、日本でもこれからを対象とした治療薬が出てくる可能性もあります。患者はもとより、家族が適切なサポートや予防・治療を受けられる体制の整備が大きな課題となりそうです。