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製薬開発、新たな注力疾患に「腎」が浮上…ノバルティスなど本格参入、主戦場はIgA腎症

更新日

亀田真由

製薬各社の注力疾患領域に「腎」が浮上してきています。新薬開発が活発化する中、主戦場は指定難病のIgA腎症。国内では臨床第3相(P3)試験段階に10品目が並びます。このうち3品目を擁するノバルティスは今年、補体B因子阻害薬「ファビハルタ」がC3腎症に適応拡大し、日本でも腎領域に本格参入。アストラゼネカやノボノルディスクは慢性腎臓病をターゲットに複数の新薬候補を開発中です。

 

 

ノバルティス、国内でも第1号製品が承認

腎臓領域で新薬開発が活発化している背景には、慢性腎臓病(CKD)患者の増加があります。患者数は世界で約8億5000万人、日本では2000万人と推定され、有病率は年々上昇。CKDでは血液をろ過する腎機能の低下が見られ、進行すると透析や腎移植を必要とする腎不全に至ります。原因疾患には、糖尿病性腎症や高血圧症、慢性糸球体腎炎、多発性嚢胞腎などが挙げられ、近年はCKDの進行を抑制する薬剤や、原因疾患にアプローチする薬剤の開発が盛んです。

 

この領域で存在感を強めているのが、スイス・ノバルティスです。昨年8月、米国で補体B因子阻害薬「ファビハルタ」(一般名・イプタコパン)のIgA腎症への適応拡大が承認され、腎領域への本格参入を宣言。今年4月にはIgA腎症治療薬atrasentan(製品名・Vanrafia)の迅速承認を取得しました。同社は40年来、腎移植領域で免疫抑制剤を扱ってきましたが、原因疾患へのアプローチで移植を遅らせる、またはなくすことに取り組みを広げています。

 

IgA腎症は、糸球体(腎臓のろ過装置)に炎症が起こる慢性糸球体腎炎の1つ。体内で糖鎖異常のIgAが産生され、それが糸球体に沈着し、補体(生体防御システム)を活性化することで炎症が起こります。ファビハルタはその補体活性を抑える作用を持つ薬剤です。一方のatrasentanは、2023年の米チヌーク・セラピューティクス買収で獲得したエンドセリンA(ETA)受容体拮抗薬。タンパク尿増加の原因となるETAの活性化を抑えることで腎機能を維持すると考えられています。

 

ホロレンズを使った情報提供など工夫

日本でも腎領域第1号の製品として、今年5月にファビハルタがC3腎症に適応拡大(米国、欧州、中国でも今年承認)。C3腎症も慢性糸球体腎炎の1つで、補体第二経路の過剰な活性によって糸球体にC3タンパクが沈着することで起こります。

 

日本ではファビハルタの販売を担ってきた血液領域の担当者に加え、腎領域の担当MRを通じた情報提供活動も開始。今後、より患者数の多いIgA腎症に進出していくことも見据え「どんな形で情報提供体制を整えるか議論している」(ノバルティスファーマの宮村哲哉腎臓領域事業部長)。医師への情報提供には、ホロレンズを使って腎臓疾患のメカニズムを視覚的・体験的に伝えるツールも導入しています。

 

ホロレンズで見えるグラフィックの様子(ノバルティスファーマ提供)

 

さらにグローバルのパイプラインには、チヌークから獲得した抗APRIL抗体zigakibart、自社で開発を進めるCAR-T細胞療法rapcabtagene autoleucelなどが並びます。今年6月にはマイクロRNAを標的とする医薬品の開発を手掛ける米レグラス・セラピューティクスを買収し、臨床第1相(P1)試験の段階にある多発性嚢胞腎(ADPKD)治療薬を手にしました。

 

【ノバルティスの腎領域パイプライン】▼自社パイプライン〈製品名・一般名/作用機序/日本/海外/適応症〉|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/承認/IgA腎症|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/C3腎症(小児)|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/特発性免疫複合体型MPGN|TIN816/P2/P2/敗血症性急性腎障害|rapcabtagene autoleucel/CAR-T細胞療法/P2/P2/ループス腎炎|▼買収パイプライン〈製品名・一般名/作用機序/日本/海外/適応症/開発元〉|Vanrafia/ETA受容体拮抗薬/P3/承認/IgA腎症/チヌーク|zigakibart/抗APRIL抗体/P3/P3/IgA腎症/チヌーク|ianalumab/抗BAFF受容体抗体/―/P3/ループス腎炎/モルフォシス|farabursen/miR-17阻害薬/―/P1b/ADPKD/レグラス|※ノバルティスのパイプラインや発表資料をもとに作成※モルフォシス買収はがんパイプライン強化が主な目的

 

IgA腎症、国内P3に10品目

腎領域の中で特に開発が活発なのがIgA腎症。慢性糸球体腎炎の中では最も一般的な疾患で、日本では約3.3万人、米欧では約30万人が罹患していると推定されます。ノバルティス以外のプレイヤーもM&Aやライセンス導入に積極的です。

 

大塚製薬は、18年の米ビステラ買収で抗APRIL抗体シベプレンリマブを獲得。APRIL(=a proliferation inducing ligand)はB細胞のIgA産生細胞へのクラススイッチを促すサイトカインで、糖鎖異常IgAの産生を誘導すると考えられています。シベプレンリマブはこのAPRILの働きを抑えるもので、進行中のP3試験の中間解析では、投与後9カ月時点でタンパク尿をプラセボに比べて有意に減少。大塚はこの結果をもとに米国で申請を行っており、審査終了目標日は今年11月28日に設定されています。

 

米バーテックス・ファーマシューティカルズは、APRILに加え、B細胞を活性化するサイトカインBAFF(B cell activating factor)を標的とする組換え融合タンパクpovetaciceptを開発中。24年の同アルパイン・イミューン・サイエンシズの買収で獲得したもので、今年6月に日本と韓国での開発・商業化権を小野薬品工業に導出しました。PMDA(医薬品医療機器総合機構)の治験情報リストによれば、国内ですでにP3試験が進行中です。

 

BAFFとAPRILを標的とする融合タンパクとしては、米ヴェラ・セラピューティクスのataciceptもP3試験の段階にあります。今年6月には、P3試験で主要評価項目を達成し、タンパク尿の減少効果を確認したと発表。米国で年内の申請を見込んでいます。

 

日本でもこれらのほか、米欧ですでに承認されているブデソニドの標的放出型カプセル剤やETA・AT1受容体拮抗薬スパルセンタンなど10品目がP3試験を進行中です。中外製薬は昨年、スイス・ロシュが米アイオニスから導入した補体B因子遺伝子のmRNAを標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチドsefaxersenのP3試験を開始しました。

 

【ノバルティスの腎領域パイプライン】▼自社パイプライン〈製品名・一般名/作用機序/日本/海外/適応症〉|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/承認/IgA腎症|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/C3腎症(小児)|ファビハルタ/補体B因子阻害薬/P3/特発性免疫複合体型MPGN|TIN816/P2/P2/敗血症性急性腎障害|rapcabtagene autoleucel/CAR-T細胞療法/P2/P2/ループス腎炎|▼買収パイプライン〈製品名・一般名/作用機序/日本/海外/適応症/開発元〉|Vanrafia/ETA受容体拮抗薬/P3/承認/IgA腎症/チヌーク|zigakibart/抗APRIL抗体/P3/P3/IgA腎症/チヌーク|ianalumab/抗BAFF受容体抗体/―/P3/ループス腎炎/モルフォシス|farabursen/miR-17阻害薬/―/P1b/ADPKD/レグラス|※ノバルティスのパイプラインや発表資料をもとに作成※モルフォシス買収はがんパイプライン強化が主な目的

 

アストラゼネカやノボはCKD

腎領域に取り組む製薬各社は、自社の得意・重点領域とのシナジーを期待。IgA腎症など慢性糸球体腎炎に取り組む企業の多くは免疫領域のパイプライン強化を目指しています。米バイオジェンも昨年、同ヒューマン・イミュノロジー・バイオサイエンスを買収し、IgA腎症や膜性腎症を対象とする抗CD38抗体felzartamabを獲得しました。

 

糖尿病治療薬を手掛ける企業はCKDを対象に開発を進めています。糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬では腎保護効果が明らかになっており、日本では21年にSGLT2阻害薬「フォシーガ」(ダパグリフロジン、アストラゼネカ)、24年に同「ジャディアンス」(エンパグリフロジン、日本ベーリンガーインゲルハイム)が2型糖尿病の有無を問わずCKDの進行抑制の適応で承認。両社は、これらの薬剤との併用で新薬開発を進めています。

 

アストラゼネカは、フォシーガと▽ミネラルコルチコイド受容体(MR)モジュレータbalcinrenone▽ETA拮抗薬ジボテンタン▽アルドステロン合成酵素阻害剤baxdrostat――の併用療法でそれぞれ臨床試験を進行中。ベーリンガーインゲルハイムのジャディアンスは、アルドステロン合成酵素阻害剤vicadrostatとの併用をP3試験で評価しています。ノボノルディスクは、GLP-1受容体作動薬セマグルチドと長時間作用型アミリンアナログの配合剤CagriSemaやアシル化GLP-1/GIP受容体コアゴニスト「NN9541」、抗IL-6抗体ziltivekimabをCKDの適応(CagriSemaとNN9541は「2型糖尿病における慢性腎不全リスク軽減」)で開発中です。

 

【腎領域 主な国内開発パイプライン】慢性腎臓病|アストラゼネカ/balcinrenone+フォシーガ/P2|アストラゼネカ/ジボテンタン+フォシーガ/P3|アストラゼネカ/baxdrostat+フォシーガ/P3|ベーリンガー/vicadrostat+ジャディアンス/P3|ノボノルディスク/ziltivekimab/P3|ノボノルディスク/CagriSema/P2|ノボノルディスク/NN9541/P2|バイエル薬品/ケレンディア/P3|バイエル薬品/nurandociguat/P2|IgA腎症|大塚製薬/シベプレンリマブ/P3|ノバルティス/atrasentan/P3|ノバルティス/zigakibart/P3|ノバルティス/ファビハルタ/P3|中外製薬/sefaxersen/P3|ヴィアトリス/ブデソニド/P3|レナリス/スパルセンタン/P3|アレクシオン/ユルトミリス/P3|米ヴェラ/atacicept/P3|小野薬品工業/povetacicept/P3|バイオジェン/felzartamab/P3準|武田薬品/mezagitamab/P1|ADPKD|リジェネフロ/タミバロテン/P2|糸球体硬化症|扶桑薬品工業/repagermanium/P3準備中|ベーリンガー/BI 764198/開発中|C3腎症(小児)|ノバルティス/ファビハルタ/P3|特発性免疫複合体型MPGN/ノバルティス/ファビハルタ/P3|ネフローゼ症候群|中外製薬/セルセプト/申請|中外製薬/ガザイバ/P3|膜性腎症|小野薬品工業/povetacicept/P3|ループス腎炎|中外製薬/ガザイバ/P3|ノバルティス/rapcabtagene autoleucel/P2|急性腎障害|ノバルティス/TIN816/P2※各社のパイプラインやリリースをもとに作成

 

日本企業では、透析剤を手掛ける扶桑薬品工業が今年1月、豪Dimerixとライセンス契約を結び、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)治療薬候補のCCR2阻害薬repagermaniumを導入しました。扶桑は国際共同P3試験に参加し、日本人を対象にARBとの併用療法の検討を進める方針です。

 

このほか、京都大iPS細胞研究所(CiRA)発スタートアップのリジェネフロは、ADPKDを対象にタミバロテンの国内P2試験を行っています。同薬は抗がん剤としてすでに承認されているレチノイン酸受容体(RAR)作動薬で、iPS細胞由来のオルガノイドを使った疾患モデルによってADPKDの治療薬候補として同定されました。大塚のバソプレシンV2受容体拮抗薬「サムスカ/ジンアーク」(トルバプタン)に続く新たな治療選択肢となることが期待されています。

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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