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「薬剤費抑制」「アクセス制限」…費用対効果評価に業界ピリピリ 本格導入には課題山積

医薬品や医療機器の経済性を評価する「費用対効果評価」が、この4月に試行導入されました。近く対象品目が公表され、企業側は費用対効果の分析に着手。専門組織での評価を経て、2018年度から評価結果を薬価に反映させます。

 

製薬業界は、薬剤費の抑制や医薬品へのアクセスの制限につながりかねないと警戒しています。今後検討される本格導入に向けては課題が山積みです。

 

 

業界側は強い警戒感

「今回の試行導入は、本格的な導入を前提とせず、現行の薬価基準制度における医療技術評価のあり方、および費用対効果評価を実施する意義を検証することを目的として行っていただきたい」

 

日本製薬工業協会は昨年12月、2016年度薬価制度改革に対するコメントの中で、費用対効果評価の試行導入にあたってこうクギを刺しました。

 

費用対効果評価の導入に対して、製薬業界は依然として強い警戒感を抱いています。薬剤費抑制のため、評価結果が薬価の引き下げや保険適用するかどうかの判断に使われることが懸念されるからです。

 

製薬業界側は試行導入の検討過程でも繰り返し懸念を表明してきました。製薬協と米国研究製薬工業協会、欧州製薬団体連合会は、▽イノベーションの阻害▽患者アクセスの制限▽ドラッグ・ラグの助長――の3つが生じないことが導入の大前提と強調。保険適用の可否の判断材料とすることや、薬価引き下げを目的とすることに反対しています。

 

 

費用対効果評価の仕組み…評価結果は薬価に反映

今回試行導入された費用対効果評価とは、どのような制度なのでしょうか。

 

対象品目は「加算率」「ピーク時売上高」で選定

費用対効果評価の対象は、

▽薬価算定で一定の加算が認められた
▽ピーク時売上高が高い
▽保険収載後1~2回の薬価改定を経ている
▽治療法が十分に存在しない希少疾患(指定難病、血友病、HIVなど)の治療薬でない
▽開発要請品目、公募品目でない

の選定基準に該当する品目です。具体的には、今回の試行導入では、下の表のそれぞれの要件に該当する4品目と、それに類似する品目が評価対象となります。

 

費用対効果評価の対象品目選定基準

 

AnswersNewsで過去の薬価算定資料を調べたところ、(1)と(2)の要件に該当するのは、ギリアド・サイエンシズのC型肝炎治療薬「ソバルディ」、(3)は小野薬品工業の抗PD-1抗体「オプジーボ」、(4)は中外製薬の抗体薬物複合体「カドサイラ」が当てはまりました。正式な対象品目は近く、厚生労働省が指定します。

 

効果の評価は「QALY」が基本

対象品目が決まると、企業はその品目の費用対効果を分析し、データを厚生労働省に提出します。企業による分析は、中央社会保険医療協議会で決められたガイドラインに沿って行います。

 

ガイドラインでは、費用対効果の「効果」の評価には、QALY(クオリー、Quality-adjusted life years=質調整生存年)を用いるのが基本とされました。完全な健康状態を「1」、死亡を「0」としてQOLを数値化し、それに生存年を掛けて算出します。QOLと生存年を併せて評価する指標です。

 

QALYの最大の利点は、あらゆる疾患や治療法を同じ指標で評価できる点で、日本に先行して費用対効果評価を導入している国の多くが評価指標に採用しています。

 

一方、QOLを数値化することが難しい、社会的な便益や目に見えない患者価値を評価し切れないなど、問題点も指摘されています。ガイドラインではQALYを基本としつつ、疾患や医薬品の特性に応じてそれ以外の指標(生存年など)を使うことも可能とされています。

 

ICERで費用対効果を評価

費用対効果は、QALYなどの効果指標を1獲得するのに追加でどれくらいのコストがかかるかで評価します。その尺度が増分費用効果比(ICER=Incremental cost-effectiveness ratio)です。企業は対象品目の費用と効果を分析し、ICERを算出します。

 

企業による分析データは、専門家グループによる再分析を経て、中医協・費用対効果専門組織で総合的評価(アプレイザル)を実施。企業や再分析グループの分析結果を検証し、費用対効果が「良い」か「悪い」かを判断します。

 

海外では、費用対効果の良し悪しを判断する基準として、ICERの上限額を定めている国もあります。しかし日本では、試行導入の段階では設定を見送りました。

 

専門組織による評価結果は、中医協の薬価算定組織に提出され、薬価の調整に使われます。費用対効果評価による薬価の調整は、市場拡大再算定や特例拡大再算定など通常の方法によって薬価を算定した後に行われます。具体的な薬価の調整方法は、2018年度の薬価改定に向けて今後、検討されます。

 

費用対効果評価の流れ

 

 

本格導入への焦点は「保険適用の判断」

ひとまず試行という形で導入された費用対効果評価ですが、本格導入に向けては課題が山積しています。

 

アクセス制限に英国では抗議デモも

最大の焦点となるのが、費用対効果評価の結果を保険適用の可否を判断材料として使うかどうか、です。試行導入の段階では、結果の活用は価格調整に限定されましたが、厚労省は本格導入に向けて「評価結果に基づき償還の可否の判断を行う場合の具体的な取り扱い」を検討事項に挙げています。

 

費用対効果の評価結果を保険適用の可否の判断材料として使う場合、

▽費用対効果が悪い医薬品は保険適用しない
▽適応症や患者によって保険適用の範囲を限定する

といったことが考えられます。価値に見合った医薬品の適正な使用が進むという面もありますが、医薬品に対するアクセスが絶たれたり、制限されたりすることについては、国民的な議論を呼ぶことになるでしょう。

 

実際、費用対効果評価を採用している国の代表格である英国では、費用対効果が悪いとして複数の抗がん剤の使用が非推奨とされたことで、患者団体による抗議デモに発展。批判の高まりを受けた英政府は、基金を設置して非推奨とされた抗がん剤も使えるようにするなど、アクセス制限を緩和する方向にかじを切りました。

 

経済事情で医療に差?

仮に費用対効果評価の結果を保険適用の可否の判断に使うとなると、「費用対効果が悪い」として保険適用されない医薬品を使いたい患者は、全額自己負担する必要があります。健康保険法で禁じられている混合診療にあたる可能性もあり、そうした場合は保険診療分も含めて全額自己負担を求められることになります。

 

お金があれば全額自己負担でも使おうと考える患者もいるでしょうが、お金のない人は治療を諦めることになりかねません。お金のあるなしで受けられる医療に差がつく可能性が出てくるのです。

 

新薬の発売が遅れる恐れも

保険適用の可否の判断に費用対効果評価を用いれば、承認から発売までの期間が長期化する恐れもあります。

 

米国研究製薬工業協会のまとめによると、新薬の承認から発売までの期間は日本が9週間なのに対し、費用対効果評価を導入している英国では43~60週間、オーストラリアでは47週間、フランスでは37週間かかっていました。これらの国では、その期間の大半を費用対効果の評価に費やしています。

 

薬価への反映方法も不透明

薬価への反映方法も、現段階では不透明です。

 

費用対効果評価の結果は、2018年度薬価改定から薬価に反映されることになっています。しかし、現段階で決まっているのは「通常の薬価算定方法(再算定を含む)を用いた後に、さらに価格調整に用いる」ということだけです。

 

評価結果による薬価の引き下げが念頭にあるのは言うまでもありません。一方で製薬業界にしてみると、コストをかけて行った分析が薬価の引き下げだけに使われてはたまらないという思いもあります。

 

検討の過程で製薬業界は「薬価の引き下げを目的とするものであってはならない」と、評価結果によっては引き上げもあり得べしと主張しました。しかし、厚労省は明確な考えを示していません。

 

× × ×

 

費用対効果評価は、こうした点以外にも、医療経済の専門家の不足や評価体制の整備など、多くの課題を残したままスタートすることになりました。

 

高額薬剤が相次いで登場する中、医薬品の評価に経済的視点を取り入れるのは必然とも言えます。しかし、単に医療費抑制だけを目的としたものだとすれば、製薬企業の開発意欲を削ぎ、治療選択の幅を狭めることになりかねません。

 

本格導入には、試行の実績を十分に見極めた上で、慎重な検討が必要です。

 

 

【explain】QALYとICER

 

生存年は同じ30年でも…

QALYとは、完全な健康状態を「1」、死亡を「0」として、その範囲内で数値化したQOLに生存年を掛けて算出します。費用対効果評価では、QALYの値が大きいほど、その医薬品は効果が高いということになります。

例えば、

病気でQOL値0.5の状態で30年生きた患者Aの場合、0.5×30=15QALY

一方、同じ30年でも

完全な健康状態で15年、その後病気で寝たきりとなりQOL値0.1で15年生きた患者Bの場合、1×15+0.1×15=16.5QALY

となります。15年間寝たきりで過ごしたとしてもQALYは患者Bの方が高くなります。

 

QALYの概念

 

1QALY獲得に追加でいくらかかるか

ICERは、対照薬剤と比べて評価指標を追加で1獲得するのに、どれだけのコストがかかるかを示すものです。ICERの値が小さいほど、その医薬品は費用対効果が高いということになります。

 

QALYを評価指標とした場合、ある疾患に標準的に使われる既存薬Cは10QALY得るのに1000万円かかるのに対し、新薬Dは15QALY得るのに3000万円かかるとします。

 

この場合ICERは、

(3000-1000)万円/(15-10)QALY=400万円/QALY

で400万円。つまり、新薬Dを使うことで、完全な健康状態で1年長く生きるのに400万円のコストがかかるということになります。

 

ICERによる費用対効果評価のイメージ

 

試行導入では「閾値」定めず

これが高いか安いかは議論があるかもしれませんが、それを判断する基準として海外の制度では「閾値(いきち)」が定められています。

 

これは「この程度のICERであれば支払ってもよい」と考える金額の上限で、例えば英国では2~3万ポンド(316~474万円)。英国では、この値を超えた場合は「費用対効果が悪い」とされ、基本的には使用が推奨されません。

 

日本の場合、試行導入の段階では閾値は定めないこととされました。閾値は、国民性や所得水準、医療への支払い意思なども絡むため、本格導入に向けて議論を続けることになっています。

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