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「医療上の利益が不十分」アルツハイマー型認知症治療薬 フランスで保険適用を外されたワケ

保険償還を正当化するには医療上の利益が不十分――。フランス政府が、アルツハイマー型認知症治療薬4剤を公的医療保険の適用から外すと発表しました。そのワケは?

 

アリセプトなど4剤 8月1日から保険償還停止

フランスの保健省は6月1日、アルツハイマー型認知症治療薬の保険償還を8月1日から停止すると発表しました。

 

対象となるのは▽ドネペジル(アリセプト)▽ガランタミン(レミニール)▽リバスチグミン(イクセロン/リバスタッチ)▽メマンチン(メマリー)――の4剤(カッコ内は日本での製品名)。フランス保健省はプレスリリースで今回の決断を「市民の健康のための措置だ」と強調しています。

 

これら4剤は、アルツハイマー型認知症の進行を抑制するとして世界中で広く使われている薬剤です。フランスでは、アルツハイマー型認知症治療薬の費用の15%が公的医療保険から支払われています。保険償還が停止される8月1日以降は、服用を続けるには全額自己負担しなければなりません。

 

「リスクベネフィットを考えると治療で使われる場所はない」

今回のフランス保健省の決断は、2016年10月に同国高等保健機構(HAS)が公表した「勧告」を受けたものです。この勧告では、アルツハイマー型認知症治療薬4剤について「公的医療保険の適用を正当化するための医療上の利益が不十分」だと結論づけました。

 

HASは医療技術評価(HTA)を担う組織として2005年に設立された公的機関です。HASは、医薬品の有効性と安全性や疾患の重篤度などを踏まえ、「医療上の利益」を「他の医薬品では代替不可能で、極めて高額な医薬品」「重要」「中等度」「軽度」「不十分」の5段階で評価。保険償還率はこの評価に基づいて設定されています。アルツハイマー型認知症治療薬は、この5段階評価で「医療上の利益が不十分」とされ、保険償還は「不可」と判断されました。

HASによる評価と保険償還率の表。「医療上の利益」と「保険償還率」は相対しています。「他の医療品では代替不可能で、極めて高額な医薬品」:償還率100パーセント。「重要」:65パーセント。「中等度」:30パーセント。「軽度」:15パーセント。「不十分」:償還不可。今回アルツハイマー型認知症治療薬は、「軽度」から「不十分」に評価が下がりました。

HASが「医療上の利益が不十分」と評価したのにはいくつか理由があります。

 

エビデンスの「非直接性」を問題視

有効性の面では、実際にアルツハイマー型認知症治療薬の投与を受けている患者が臨床試験の対象となった患者よりも高齢で、臨床試験で構築されたエビデンスが実臨床に直接つながっていないことを問題にしています。薬の投与が行動障害やQOL(生活の質)、施設入所までの期間などに与える影響も確立されていないとしています。

 

安全性の面では、消化器や循環器などに対する潜在的な副作用のリスクがあると指摘。さらに、複数の疾患を持つ高齢者では薬物相互作用による「深刻な」副作用のリスクがあるとの見解も示しました。

 

こうした有効性・安全性の評価を踏まえ、HASは「リスクとベネフィットを考慮すると、これらのアルツハイマー型認知症治療薬はもはや治療戦略の中で使われる場所はない」とし、公的医療保険を適用するのは適切ではないと勧告しました。

「HASによる勧告のポイント(2016年10月)」▼アルツハイマー型認知症治療薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン)は、保険償還を正当化するための医療上の利益が不十分。 ・臨床試験の対象患者は実際に診療を受けている患者よりも若く、実臨床と異なり合併症や薬物相互作用のリスクがない。・行動障害、QOL、施設入所までの期間、死亡率、介護者への影響は確立されていない。・潜在的に重篤な副作用(特に消化器系、循環器系、神経精神系)がある。・複数の疾患を持つ高齢の患者では、薬物相互作用による深刻な副作用リスクがある。

 

薬物治療から包括的ケアへ…アルツハイマー協会は反発

当然、治療薬の保険償還停止は、アルツハイマー型認知症患者に大きな影響を及ぼします。フランスのアルツハイマー協会は、保健省の決定に対して「根拠がなく不適切」と反発。「全額自己負担で治療費を支払える患者はほとんどいない」と訴えています。

 

保健省は薬剤の保険償還を停止すると同時に「患者に対する包括的なケアを強化する」考えも表明しました。

 

具体的に挙げたのは、▽一般開業医の役割の強化▽介護者に対するサポートの強化▽アルツハイマー病特別チーム(認知症患者が急病にかかった場合に対応する特別チーム)の全国展開――の3つ。薬物治療からこうした包括的な取り組みに転換することで「すべての次元でケアの質を強化する」としています。

 

「エビデンスの限界」は日本でも指摘

今回のフランス保健省の決定がほかの国にどんな影響を及ぼすか、今の段階ではわかりません。しかし、HASが指摘しているエビデンスの限界は日本でも指摘されています。

 

東京都医学総合研究所の奥村泰之氏らが今年5月、国際老年精神医学雑誌に発表した研究によると、日本の認知症治療薬の総処方量の約47%が85歳以上の高齢者に処方されており、85歳以上では人口の17%に認知症治療薬が処方されていました。

 

研究では「臨床試験と実臨床で患者の年齢層が異なるというエビデンスの非直接性と、加齢に伴う有害事象発生リスクの増大を考慮すると、診療ガイドラインにおける抗認知症薬処方に関する推奨度を改める必要がある」と指摘。日本神経学会のガイドラインは、認知症治療薬の処方を強く推奨していますが、奥村氏らは、推奨を弱めるか、強く推奨する年齢層を限定する必要があるとしています。

 

待たれる新たな治療薬

とはいえ、フランス政府も薬物治療自体を全面的に否定しているわけではありません。プレスリリースでは「アルツハイマー病と戦うための効果的な治療法の探索は依然として大きな課題」と指摘。政府が研究に大きなリソースを割いていることも強調しました。

 

アルツハイマー病の新薬に対する期待は、膨らんではしぼむことを繰り返しています。開発は難航しており、ここ1、2年を見ても、米イーライリリーの抗アミロイドβ抗体ソラネズマブや、米メルクのBACE阻害薬ベルベセスタットなどが相次いで臨床第3相(P3)試験に失敗しました。

 

現在、期待はP3試験が行われている抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブやBACE阻害薬エレンベセスタット(いずれもエーザイとバイオジェンが共同開発)などに集まっています。ただ、アミロイドβ仮説をベースにした新薬の開発失敗が相次ぐ中、見通しは必ずしも明るくありません。

 

国際アルツハイマー病協会によると、世界の認知症患者は4700万人に上り、2050年にはこれが3倍に増えると予測されています。認知症対策が世界的な課題となる中、今回のフランス保健省の決断は、アルツハイマー病に対する治療効果の高い新薬開発が急務であることをあらためて印象付ける形となりました。

 

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